メランコリーティーン(1/2)
「すいませーん!遅くなって…」
「おぉー!お疲れ様!」
「久々やなぁ」
懐かしい面々。
皆大人になったけれど、面影はしっかりとある。
「ここ空いてるで、座り!」
「石垣先輩!」
うーわー!めっちゃ久しぶりですねぇ、と普段の標準語から高校時代の言葉遣いに自然と戻っていく。
ストンと隣に座ると、懐かしい暖かい笑顔が向けられた。
「仕事やったんやろ?忙しなぁ」
「そうなんですよ、こんな堅苦しい格好嫌だったんですけど、着替える時間なくて…」
自分が着ているパーティー用のパンツドレスを見る。
居酒屋には明らかに場違いな格好だ。
シンプルな色と形にしたのはまだよかったかもしれないけれど。
申し訳程度にカーディガンを羽織ってラフさを出す。
「いや、めちゃめちゃ似合うてるわ!えらい別嬪さん入ってきたなぁ思たんよ」
「えー!先輩、そないなお世辞言えるようになりはったんですか?」
お世辞ちゃうわぁ、とニコニコ笑う先輩は既に幾分お酒が入っている様子だ。
高校時代よりも、余裕のある空気感が過ぎた時間を思わせる。
「苗字ちゃん、久しぶりやなー!」
「ノブ先輩!」
目の前にドカッと座ったのは、お調子者のノブ先輩だ。
目元に少しだけ幼さが残っている。
「おぅ、まず何にする?」
「あ、じゃあ、冷で」
「おっ、いくねぇ」
「飲みますよぉ!」
「いいねいいね!」
やんやと囃し立てられながら、お店のお姉さんに冷酒と猪口を複数個注文する。
「…っはー!うまぁ!」
「苗字…お前、なにがあったんや…」
「え、なんです?」
たまらない顔で酒を飲み干す私を、石垣先輩がちょっと涙目で見ているがそんなの関係ない。
私はここへ飲みにきたのだ。
「石垣先輩もどうぞ?」
「あ、あぁ、すまん」
先輩の杯を満たすと、なんだか本当に大人になってしまったんだな、と感慨深い。
「…どこォの店やねん」
何度も何度も記憶の中で忘れないように繰り返していた声より、少し低い。
気怠いような、煩わしそうな、その声は。
「み、御堂筋く、ん」
「…」
半眼で私を見下ろし、心底面倒臭そうな顔をして、私の横1つだけ空いた席にゆっくりと腰を下ろす。
驚いた。
まさか来るとは思っていなかった。
無駄な集まりには一切顔を出さなかったのに。
確か20代の時の集まりには1度も顔を出していなかった。
それがどういう風の吹き回しか。
「…来てたんや。どこ行ってたん」
「手洗い」
一言答えると、御堂筋くんは飲みかけのウィスキーが入ったグラスに口をつけた。
高校時代よりも逞しくなった手や顎のラインや、より洗練された目元を眺める。
えらい色気のある人になったなぁ。
素敵な大人になっているのは知っていた。
ここ最近彼はよくメディアに出ていて、目にすることが多くなっていたからだ。
それでも実際目の前にすると、想像とは少し違う成長をしている彼に戸惑ってしまう。
黒いタートルネックに、細身の黒いパンツというシンプルな出で立ちでも、その存在感と選んできている一つ一つの物のセンスの良さですっきりまとまっている。
仕事柄お洒落な人には多く会うけれど、こういう着飾らないお洒落は中々難しいものだ。
昔の彼は装飾に拘る人ではなかったから、こういう物選びのセンスができるようになったということなんだろうか。
それとも、彼の代わりにそのセンスを発揮している人が傍にいるんだろうか。
だとしたら、その人物は彼のことを深く深く理解した人間だろうな、と思う。
彼の内面も理解して、それも含めて彼をプロデュースできる程のセンスを持った人。
「それにしても、やっぱ女の子は変わるもんやなぁ」
「え?そうですか?」
石垣先輩の言葉に我に返り、変わりましたかね、と首を傾げると、変わった変わったとノブ先輩が頷いている。
「大人っぽくなったわ」
「そりゃ、30過ぎてまだ高校生みたいだったら嫌でしょ」
はははと笑って、ノブ先輩の猪口にも酒を注ぐ。
「お前はあんまり変わらんなぁ」
「えっ!なんすかそれ!」
ニヤニヤと笑いながらちゃちゃを入れる石垣先輩に、ひどいっ!と机に突っ伏すノブ先輩を見て、懐かしいやり取りに思わず笑ってしまう。
「ていうか、さっきから気になっててんけど、もしかして苗字ちゃん結婚したん?」
ノブ先輩が突っ伏した顔を少し上げる。
「え?」
「え?」
私が目を丸くすると、ノブ先輩も目を丸くする。
「いや、それ」
「あーなるほど」
指された左手を見ると、シンプルなゴールドの指輪が薬指に収まっている。
「これ、意味なくて、まぁカモフラージュ的な…」
「カモフラージュ?」
「アホ、男避けや、男避け」
石垣先輩が入れてくれる説明に、まぁ、そんな感じですと曖昧に笑う。
「なんや、大変そやなぁ」
「関係業界が業界なんで、私みたいな変なのが好きな奇特な方がいるんですよ」
虚しい気持ちで、自分で買った指輪を触る。
「相手おらへんの?」
「今の話の流れで、おると思います?」
質問に質問で返すと、ぐぅとノブ先輩が言葉につまって、私はため息をつく。
別に結婚したいわけじゃない。
既婚者であるノブ先輩と石垣先輩には申し訳ないけれど、あまり結婚に夢を抱いていない。
そもそも結婚以前にこの歳になると、出会っても一筋縄ではいかず、最近はもうそういうことが煩わしくなってきてしまった。
自分の中の強烈な理想も足を引っ張っている。
チラッと隣で静かに呑んでいる御堂筋くんを見て、自分の杯を飲み干した。
高校の頃から好きな人が忘れられないなんて、そんな恥ずかしいこと。
結局のところ私は、昔に縛られて上手に恋愛することもできず、婚期を逃した典型的な行き遅れだ。
少しどんよりとした空気に慌てて、気遣いの石垣先輩が話題をかえる。
「確か美術関連の仕事やったよな?」
「あ、はい。まぁライターですよ、美術雑誌中心の」
今日はこっちでちょうどお世話になってる先生が、個展のオープニングパーティやるいうんで、付き合いで顔出してきたんです。
今日の仕事のことについてざっくりと説明すると、ほぅと先輩2人が頷いている。
その先生が問題なんよね…。
食えない柔らかな笑みを浮かべる先生の顔を思い出す。
自分で自分に婚約指輪を買うはめになった原因だ。
あの爽やかな笑顔で、どれだけの女の子を食ってきたことやら。
その先生が次に目をつけたのがよりにもよって私で、正直な話かなり迷惑している。
ことあるごとに私を指名し、挙句の果てには私でないとインタビューに答えない等とわがままを言って、あの手この手で会おうとしてくるのだ。
今日のパーティーだって、わざわざ私を東京から呼び寄せてまるで自分の所有物のように振舞っていた。
この集まりがあったからまだ我慢できるものの、なければ本当にただの骨折り損のくたびれもうけだ。
婚約者と約束があると嘘を吐いて、なんとか抜け出せて良かった。
先生にとっては暇潰しでも、私にとっては仕事に関わる一大事。
上司からも先生の興味が移るまで辛抱してくれと頼まれている。
つまるところ、私は生贄だ。
そんな私も、ごめん!と思いながら、同行してもらった後輩の若い男の子をあの場に残してきたことを思うと、人のことを言えないけれど。
でもまぁ、コネクションは大事だし、若いうちにああいう場に色々出るのも悪くないだろうと無理やり自分を納得させた。
それに彼には何かあった時の為に店の場所は教えてあるし、何かあれば来れない距離ではない。
自然と話題が山口先輩の仕事の話に移っていくのをぼんやり聞きながら、不毛な自分の仕事人生について考えていると、いつの間にか空になっていた手元に横から酒が注がれた。
「飲み足りひん顔してるで」
「あ、ありがとう」
さっきまで静かに飲んでいた御堂筋くんが、こちらを見ている。
久しぶりのこの目。
懐かしさで、頭がクラクラする。
「御堂筋くん、活躍しとるらしいねぇ」
たまたま雑誌で見かけたんよ、と言うと、ふんと鼻で笑われた。
たまたまなんて、嘘だ。
ずっとずっと君のことを追っていた。
あの頃と変わらずに。
いつも彼を目で追っていた日々のことを、懐かしく思い出す。
「ロード界のスターに会えるやなんて、思ってもみんかったわ」
「スターて…そんなええもんちゃうわ」
「そうなん?」
「なァんも変わらんと、ただずっと自転車漕いどるだけや」
そう事も無げに言ってのける彼が眩しくて、とても遠い存在に感じる。
それでも今、この瞬間を、思わず共有できていることだけが全て。
これでまた私、しばらく1人で生きてくことになるんやろうなぁ。
思い出にしがみついて。
「あのさ、」
「あ?」
「昔さ」
あの時のあの、キスの意味は。
隣でこうして話していると、強烈に蘇る思い出。
卒業間際の部室で2人、近づいた御堂筋くんの体温や、印象よりもずっと長いまつ毛や、ふんわりと香った洗剤の匂いとか、囁かれたいつもより低い声とか、そういう部分的な記憶。
「…やっぱ、いいや。ごめん」
「…キミ、変わってへんなァ」
彼はグラスを持った手の甲で、眉を寄せた顔を支える。
視線だけはこちらに向けたまま。
「大人に、なったでしょ」
「大人なァ…」
アホらし、吐き捨てるように言った彼には何が見えているんだろう。
御堂筋くん、私もう昔のように純粋じゃなくなっちゃったよ。
それでも心はガチガチに囚われていて、本当、滑稽だ。
「御堂筋くんは…すごく、かっこよくなったね」
私は自分で地雷を踏みに行く。
「服もすっごく素敵だし!
自分で選んでるん?それとも彼女かな」
あぁ、馬鹿だな、私。
「…聞きたいことは、それだけなん?」
「え、うん」
「ふぅん…まァ、ええわ」
彼女なんかおらん、服は自分で選んどる。
服のセンスいうんも要は知識と組み合わせやし、コツ掴めばなんとでもなるわ。
人前出ることも多いから、あんまり野暮ったい格好もできひんやろ。
御堂筋くんは矢継ぎ早にそう答えて、これでええ?と首を傾ける。
私はといえば口に出していないことにまで、つまり、どうやってそのセンスを身につけたのか、とか、なんでそんなにお洒落になる必要があったのか、とかそういうことにまで答えて貰った気がして居心地が悪くなった。
「あ、ありがとうございます」
「どォいたしましてェ」
べ、と舌を出してあらぬ方向を見る御堂筋くんに昔の面影を見る。
あぁそう、この表情。懐かしい。
「なんやのニヤニヤして、キモい」
「御堂筋くんの"キモい"久々やなぁ」
「笑うな」
「ごめん」
「キモ」
緩んでいってしまう頬を見られないように、手の甲を頬に押し当てた。
「御堂筋くん変わってへんね」
「変わらん言うたやろ」
御堂筋くんがトン、とグラスを置く。
「あァでも、キミィは」
確かに、綺麗になったなァ。
目を細めてニヤリと笑う彼に、頭が沸騰しそう。
「ご、めん、電話だ」
タイミング良く鳴り出した携帯を慌てて取り出す。
液晶には置いてきた後輩の名前が映し出されている。
危なかった。
あと少し、あの目に見つめられていたら。
「はいはい、どうした?」
「苗字さぁん!」
泣きそうな後輩くんの声が電話口から聞こえてくる。
「え、何?」
「すいませんー!」
「だから、どうしたの」
「俺、俺…先生に全部話しちゃいましたぁ」
ほんっとうに、すいませんっ!
電話の向こう側で謝り倒している後輩くんの声を聞いて、頭を抱える。
「え、まさか、ここの場所も…」
「喋っちゃいました…」
最悪だ。
私はとりあえず罪悪感で潰されそうな後輩を宥めて電話を切った。
彼に罪はないのだ。
自分の詰めの甘さを呪うしかない。
再び携帯が鳴る。
「…はい」
「名前ちゃん?」
ちょっと出てこれるかい?
相手は案の定、例の先生だ。
「ごめん、私ちょっと行かないと…。
もしかしたら戻って来れないかも」
「どうした?大丈夫か?」
石垣先輩が心配そうにしている。
大丈夫じゃない。全然。
「ちょっと仕事絡みで、しつこい人が来てて…まぁでも大丈夫です、なんとかするんで」
イライラついでに若干棘のある事を言ってしまったことに少し後悔しながら、じゃ、と一言言い置いて一応荷物を持ちフラフラと席を立った。