無いものねだり(1/4)


「石垣先輩」
「おぉ、名前ちゃん」

なんや久しぶりやなぁ。

久しぶりに見る石垣先輩の笑顔はやっぱりとても眩しい。

石垣先輩と私のお兄ちゃんは中学の同級生。
お兄ちゃんは別の高校に行ったけど、私は今年石垣先輩を追って京都伏見に入った。
転校生だったお兄ちゃんに、優しい石垣先輩は友達になってくれたらしい。
中学の時はしょっちゅう家にも遊びに来てくれていたけど、2人が高校にあがって最近は中々顔を合わすこともなくなっていた。

入学して数日後、放課後早々に自転車部の部室を訪ねてみたら運良く準備をしている先輩に会えた。
レーパン姿の石垣先輩に久々に会ったけど、やっぱり輝いている。

「兄ちゃん元気しとるか?」
「うん…じゃなくて、はい」
「どないしたん、改まって!」

前みたいに普通に話したらええやん!

そういって、くしゃくしゃと頭を撫でてくれる。
大きな温かい手。

あぁやっぱり頑張って勉強して、ここに来てよかった…!

頑張りが報われたことを今ここで実感する。

「しかし、おんなし高校に名前ちゃんと通えるとはなぁ」

しみじみと石垣先輩が呟く。

「が、がんばったから、私」

先輩と同じ高校、通えるように。

恥ずかしくて、俯いてそう言うと、

「そうか!嬉しなぁ」

また石垣先輩は満面の笑みを浮かべた。
私の憧れの先輩。
私も釣られて笑ってしまう。

「…邪魔ァ…」

そんな甘い時間を壊したのは頭上から降ってきた冷たい声。
振り向くと、ゆらりと揺れる長い手足と細い身体が目に入る。

「あー、キミィ、確か…」

カクンと大きな身体が私の身長に合わせて折られて、顔を覗き込まれる。
まさか、ここでも会うことになるとは。

「み、みどうすじ、くん」

私の横の席の彼、御堂筋くん。
今、目の前でニタァと笑う彼だ。
怖い、怖すぎる。

「んー?もしかして、キミら付き合っ「名前ちゃん、今日は寄ってくれておおきにな!遅なる前に早よ帰り」

石垣先輩が私と御堂筋くんの間に入って、私の背中をグイグイと押す。

『兄ちゃんに俺の連絡先聞いて、連絡して』

コソッと耳打ちされて、そのままポンと背中を押される。
顔の近さに一気に血が頭にのぼる。
振り返ると、一瞬柔らかく笑って私を見たあと、御堂筋くんと部室に入っていってしまった。

パタパタと走って手洗い場の陰に入ってその場に座り込む。

かぁっ…かっこいい…!ひぁぁぁ…!

タイツの膝小僧にグリグリと顔を押し付ける。

なんだ、あのかっこよさは…!
キュン死にしてしまう…!

はぁーと長い溜息をつき、抱えた膝に頬を乗せて余韻に浸る。

石垣先輩…。

「…好き…」
「ブッ!プ、クプププ」

へ?

「ひぃあおおおお!」

その場からぶっ飛んで、尻もちをつく。

紫色と白の靴に、白くて細い足。
そのまま恐る恐る視線を上にあげていく…間もなくカクンッと腰から上半身が折れて、目の前に見開かれた大きな目が降りてきた。
口元はニタニタと歪んでいる。

「キミィ、石垣くんのこと、ブッ…プク、クククク、す、好ゥきなんや?」

可笑しくて堪らないという様子で口元を手で抑える御堂筋くんを、私は固まって見つめるしかない。

「ク、プ、プクククク…!
…あァ、かんにん…かんにん、なァ」

意味が分からないが、何かが彼のツボに入ったらしい。

「ッはァー…キモォ…キモすぎやで」

今度は口元を抑えていた手を目頭に持っていき、大きな目を覆う。

「じゃ、じゃあ…私はこれで…」

とりあえず逃げたい。
気がそれている今のうちに…!!!

「あァ、待って待って」

ガッシ。

肩に筋張った長い指が食い込む。

ヒィッ…。な、なに。こわい。

そのまま両肩を持たれて、くるりと身体の向きをひっくり返される。

「自転車部の、雑よ…マネージャーせぇへん?」
「えっ」

キミィにとっても悪い話やないと思うよォ?

急な提案に目を丸くする私に対して、御堂筋くんは双眼を細め長い人差し指を1本たてる。
そして、ゆっくりと諭すように御堂筋くんは話を続ける。

「ボクは雑務をこなす手ェが欲しい。
キミは石垣くんの傍におれる。
石垣くんは今年3年生やし、時間は少しでも欲しいんやないのォ?」

あァ、そやそや。それになァ、

ニタリと御堂筋くんの笑みが近づく。

「マネージャーやってくれるんやったら、ボクゥが協力したるわ」

石垣くんとの仲を取り持ったるよォ?
こォんな、ええ話ないと思うでェ?
なァんも考えんと、ボクの力借りたらええわ。
なァ?

名前チャン?



「…は…い」



私の返事を聞いて、ニヤァと彼の顔が大きく崩れた。



まんまと。
のせられてしまったのだ。
私は。
この悪魔の囁きに。
本当に、まんまと。
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