無いものねだり(2/4)


ほな、早速明日からね。
詳しいことは連絡するから、連絡先教えてェ。


御堂筋くんの勢いに押されて、連絡先を教えてしまった。
よりにもよって、クラスの中で一番関わりたくない人物認定していた人に。


私はいつもそうだ。
押しに弱い。
グイグイこられてしまうと、何も言えなくなってしまう。
そんな性格が災いして、なぜかいつも私を虐げようとする人に目をつけられやすかった。
今回もそのパターンのような気がする。

今までは心強い友達や、石垣先輩がいた時は石垣先輩に守ってもらっていたように思う。
でも部活中はまだしも、クラスで私を守ってくれる人はもういないのだ。

どうしよう…。めちゃくちゃ気が重い。お腹いたい。

みぞおち周辺がキリキリと痛む。
ベッドにお腹を押さえて倒れ込んだ。

ピコン!

携帯が軽快な音を鳴らす。

まさか、もうきたのか、御堂筋くんからの連絡。

ノロノロと携帯に手を伸ばす。


『石垣光太郎です』


「ひゃっ!」


思いもよらない名前を見て、心臓が跳ね上がる。
急いでメッセージを開いた。


『石垣光太郎です。
 兄ちゃんから連絡先聞いて連絡しました。
 少し話せんかな?都合よくなったら連絡ください』

震える手で返事を打つ。

『今大丈夫です!』
『返信はや!笑
 了解、電話するわ』

すぐさま携帯の着信音が鳴って、手の中で振動が響いた。

「‥はい」
「名前ちゃん?」

石垣やけど。

電話の向こう側で優しく微笑む先輩の顔が浮かぶ。
私は、うー、とか、あー、とか声にならない変な音を出しただけだ。
恥ずかしい。
声が近い。

「名前ちゃんからの連絡待ちきれんで、こっちから連絡してしもたわ」

のんびり喋る石垣先輩の声が耳に直接入ってくる。
溶けそうだ、このまま、スルスルと。

さっきまでのみぞおちの痛みはどこへやら。
今は心臓が痛い。
でも、この痛さは心地が良い。

「それより、びっくりしたわ。
 名前ちゃん、マネやるんやて?」
「え、なんでそれを」
「今日、御堂筋から言われてな」

もしかして、脅されてとかやないんかて心配なって。
アイツ、気づいたらおらんくなっとって…。
すまんなぁ、気づいて傍に行ってやれへんで。

そっか、と石垣先輩の優しい言葉を聞いて唐突に理解する。
あの時、慌てたように私と御堂筋くんの間に先輩が入ってくれたのは、昔のように私を守ってくれようとしたからだ。

「先輩、相変わらず優しいね」
「まぁ、俺にとっても可愛い妹やしな」
「妹…」
「すまん、妹は距離近すぎか」

はは、と楽しそうに笑う先輩の声が愛おしい。
今はまだ妹の距離感でも、卒業までには。

「ううん、石垣先輩みたいな格好いい人がお兄ちゃんだったら、すごく嬉しい」
「ちょ…褒めすぎやわ」
「えー?」

ふふと私が笑えば、電話の向こう側で先輩もふっと微笑んだのがわかる。

「…あぁ、そやそや。
 マネやるんやったら、伝えとこ思て電話したんや」

先輩の声のトーンが少し落ちて、それからポツリポツリと話しだした。

御堂筋くんの入部がきっかけで部の雰囲気が随分変わってしまったこと。
今のエースは石垣先輩ではなくて御堂筋くんになったこと。
御堂筋くんの言うことは絶対なこと。
練習は日を追うごとにハードになっていて、部員がどんどん辞めていくこと。

聞けば聞くほど酷い話に、またみぞおちの痛みが復活してきた。

「まぁ、でもアイツの実力は本物や。
 チームを作っていく力も、俺の望むモンとはちゃうけど、しっかりある。
 今年のインハイ、今までの流れひっくり返せるかもしれん」

先輩の声に力がこもるのが分かる。

「せやから、名前ちゃんも協力頼むわ。
 御堂筋も、女の子相手に酷いことはせえへんと思うし…。
 なんかあれば、俺もおるから」
「私のことは心配しないで!」

怖いけど、でも。

「ちゃんと、頑張るから!」

できるだけ近くで、先輩を応援するんだ。

「…そうか。せやけど無理はしたらあかんよ」

優しい先輩。

「うん、ありがとう」
「じゃあ、そろそろ切るわ。また明日な」

柔らかい余韻と共に、電話が切れる。

「わ、もうこんな時間」

時計を見て、思いがけず長電話していたことに気がつく。

「名前ー?お前風呂まだ入んねぇの?」
「あ、ごめん、今入る!」

お兄ちゃんに部屋の外から声をかけられ、着替えと携帯を手に持って急いでお風呂へ直行した。



「―ふぅ…。」

湯船に浸かって、浴槽の縁に顎を乗せる。
小さく携帯から流れる音楽に耳を傾けて、今日あったことを反芻する。

なんか今日は色々あったなぁ。

なにはともあれ、明日から先輩の応援が近くでできるのだ。
その点は御堂筋くんに感謝しなくては。

浮かんでくる色々な思考を追いながら、目を閉じた時だった。

ブブブブブブッ!

突然のバイブ音にビクリと身体が揺れた。
顔のすぐ横にある簡易棚の上で携帯が小刻みに震えている。

あ、あ、ヤバ、携帯落ちちゃう。

慌てて立ち上がって携帯を取り上げると、どう押したのか着信にでてしまった。

「も、もしもし?」

仕方なく携帯を耳に当てる。

「もしもし、ボクゥやけど」
「…誰ですか?」

聞き慣れない男の子の声に、首を傾げると通話口の向こうから、チッ!と舌打ちが聞こえる。

「御堂筋翔くんや」
「あ、あぁ!御堂筋くん」

こ、こんばんは、とぎこちなく挨拶をする。

「なんや、キミどこにおんの?なんか音、変なんやけど」
「どこって、」

お風呂…。

と言ってしまって気がつく。
全裸だ。
私は今全裸で同級生の男の子と電話で話している。

「ひいああぁぁぁぁぁ!」

バッシャンと湯船に浸かった。
水しぶきが盛大に飛ぶ。

ぎゃあ!携帯が!

「ご、ご、ご、ごめん、掛け直す!」

慌てて通話口に叫んで通話ボタンを切った。

最悪だ。
                                 
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