無いものねだり(4/4)
ザクよりも意思の弱い、思い通りに動く人形が欲しい。
最初はただそれだけだった。
入部当初はマネージャーがいたが、早々にやめていった。
急激に増えた練習量にともなって雑務も増えたため、耐えられなくなったのだろう。
“雰囲気の良さ”という、なんともフワフワした理由だけが彼女たちのいる理由だったのだから、無理もない。
せやけど、ザク共に雑用やっとる暇はない。
さてどうするか。
やっぱり雑用係は必要やなァ。
そんなことを思っていた、そんな時だった。
石垣くんとニコニコと話す、意思の弱そうな、頭ん中お花畑なんやろなァいう女子を見かけて、ふとクラスの隣の席の女子と一致する。
えぇもん、見ィつけたァ…。
不純な動機でもなんでも、雑用をこなし続ける手があればそれでええ。
石垣くんがいらん感情に引っ張られへんように、見張ることもできる。
必要があれば、お互いにもう二度と近づこ思わんようになるくらいの亀裂を入れることも可能や。
もしもこれがあかん方向にいくんやったら、切ったらええだけの話。
マネージャーなんか、替えはいくらでも用意できる。
そんなことを考えているとは露ほども気づいてはいないだろう彼女は、思った通り押し負けてボクの甘い言葉にのせられた。
ボクはボクで慣れへんこと言うたり、入浴中に電話に出るといった愚行をする彼女に多少乱されはしても、まぁ通常通り…のハズやった。
「これ…家に持ち帰ってやっちゃだめかなぁ?」
「あかんに決まってるやろ、そんな大事なデータ持ち出したら」
で、ですよねぇーと、また難しい顔でパソコンに向かう彼女の横顔を見る。
引き入れてみれば、これがどうして使えるマネージャーだ。
部員が練習に出て戻ってくるまでに部室内でやるべきことをやり、戻ってくれば外でやるべき仕事をてきぱきとこなしていく。
ザク共の集中を切らさん良いタイミングでボトルを交換し、声をかけ、洗濯は次の日にはちゃんと乾いて各々の元に畳んで戻ってきている。
よく1人でこんなに色々できるなと思うが、明らかに練習に集中できる環境を作っているのは彼女だった。
その時その時で、自分がいるべき場所、話す相手、出す雰囲気をよく理解して動いている。
本人自身も、マネージャー業務自体を有意義に感じているのではないかと思う。
「…ちょっと待って…これ私天才じゃない?」
今もボクの視線の先で、懸命にパソコンに向かいながらブツブツ言っている彼女の顔はどこか楽しそうだ。
「御堂筋くん、ちょっといい?」
「できたん?」
「うん、入力したんだけど、更にね…」
横からパソコン画面を覗くと、表計算ソフトに打ち込まれた部員の情報が表示されている。
「個人ごとにデータを分けて、更にその中で色んな条件によってデータを分けて…。
やろうと思えばベースのデータを個人じゃなくて、条件ごとに変えることもできるよ。
それで、ここに数値いれて…ほら、見て一発!」
「ほぉ。やるやん」
「えへへ。好きなんだよね、データ整理。色々見えてくるじゃん、例えば」
これ、石垣先輩のデータだけどね、これ見ると先輩がすごい頑張ってるのがわかるよ。
ニッコニコと嬉しそうな、柔らかい笑みを浮かべる彼女。
そう、彼女の頑張る根底には常に特定の人物がいる。
自分は何も変わらず通常通りのハズ、なのに。
むしろ、思い通りに動く使える人形手に入って、儲けモンやて内心喜んどったはずなのに。
これだけは、あかんわ。
「名前ちゃん」
「あ、ごめん…」
ワントーン落としたボクの声に、彼女が怯えるのが手に取るように分かる。
手を伸ばして、彼女の頬を包んで無理やりこちらを向かせる。
反応の遅い彼女はボクにされるがまま。
それでええわ。
キミはボクのお人形さんなんやから。
ボクの許可なく、勝手な気持ち向けるなんか許さへんよ。
まァ、許可なんか、
「…ん、ふぅ………や…いや!」
絶対に、せぇへんけど。
胸を押し返されて無理やり差し入れた舌を引き抜けば、赤い顔で口元を拭う彼女の珍しく強気な批判するような視線とぶつかった。
ぺろりと唇を舐めると、鉄の味がする。
「なんやァ、悪い子ォやね」
痛いやん。
そう言いながらも噛まれた唇の疼きを心地よく感じてしまうボクは、どこかおかしくなってしもたんやろか。
「…ふぅ‥うぇ…」
初めて、だったのに…。
ほろほろと静かに泣く彼女の姿に、更に言いしれない高揚感を抱く。
「ボクもやよ?」
とめどなくなく流れる涙を指で掬って、舐めとれば塩気が口に広がる。
「こないなこと、絶対、石垣くんには言われへんねぇ?」
すかさず、今の出来事を彼女の意中の相手と繋げる。
彼女の小さな肩がピクリと震えるのを見て、思わず笑みがこぼれた。
もっと、もっと。
ボクのことで傷ついたらええわ。
「ボクゥ、優しいから、黙っといてあげるわ」
素直なキミのことや。
こっから先、石垣くん見るたびに自動的にボクのこと思い出すやろ。
そして最終的には、石垣くんのこと思い出されへんようになるよ。
「楽しみィやねぇ」
ボクら以外誰もいない部室に、彼女の小さな泣き声だけが小さく響いた。
fin