無いものねだり(3/4)


部屋に戻って、正座の状態で携帯を見つめる。
あの後慌ててお風呂からあがり、着替えて戻ってきたところだ。

うぅ…かけたくないよ…。

そうも言ってられない。
きっと向こうは折返しを待っているだろう。

よし…!さっさと終わらそう!

バッと携帯を勢いよくとって、履歴から彼のものであろう番号をプッシュする。

プル…

「ハイ」

ワンコールも待たず、物凄く不機嫌そうな御堂筋くんの声が出た。

「あ、あの」
「キミ、風呂にまで携帯持って入ってるん?」

なんなん、キモいわァ。

心底嫌そうな御堂筋くんの声に、私は声が詰まってしまう。

「なァ、聞いてるん?」
「ご、ごめ」
「それに、ボクゥ、何度も電話したんやけどォ?」
「え?」
「長々と電話しくさって、ほんま腹立つわァ」

石垣先輩と電話してた時だ。
そういえば、メッセージが何件かきていたが見ずにお風呂に入ってしまった。

「どォせ、石垣くぅんと電話しとったんやろ」

御堂筋くんの言葉に、心の中を読まれたようでヒヤリとする。

「なん…」
「石垣くんのすることなんか、ぜぇんぶお見通しやよ」

ま、ええわ。

御堂筋くんの低い声が怖い。

「明日からのことやけど」

それからは、私がやるべきことについてひたすらに伝えられた。
具体的に一つ一つ明確に指示があり、私はそれを慌ててノートにメモする。

キミィの役割はとにかくサポートや。
バイクに乗る以外のありとあらゆるサポート。
そしてボクゥの言うことに、ハイ言うてとにかく従うこと。
ええな?

御堂筋くんの圧のある声が電話越しにピリピリと伝わり、ハイ、と思わず返事をする。

「プクク…ええ子やね。それでええんよ」

そうやって言うこと聞いとったら、悪いようにはせんから。
石垣くんとのことも。

どこか楽しそうにそう言う御堂筋くんの言葉に不安が過るが、もう乗りかかった船だ。

「ほな、明日からよろしゅう」

短い別れの言葉の後に、プツリと電話は切れた。
石垣先輩とは違って、その余韻は不穏な空気を漂わせている。

「…はぁ…」

重たい指を動かして、石垣先輩と御堂筋くんの連絡先を登録した。








マネージャーは半端じゃなく忙しい、ということがとりあえずの私の結論だ。
そして、部の雰囲気が怖すぎる。

部の雰囲気は最悪、仕事は多いで正直石垣先輩と近づくなど到底無理。
御堂筋くんに強引にマネージャーに抜擢されて、早2ヶ月が経とうとしているというのに、だ。

一度水田先輩に他にマネージャーはいないのかを聞いたことがある。

あ、あぁ、おったんやけど…辞めてしもた。

物凄く気まずそうに目を逸らされて、そそくさとその場を離れていってしまった。

1人で頑張れということですか…。

がっくりと肩を落としてからというもの、期待するのをやめた。


全ての元凶はそう、

「行くでぇ、ザクゥ」

あの、先輩方を従えているルーキーの彼だ。

夏のインターハイに向けて御堂筋くん主導で着々と練習を積み重ねてきている。
季節は初夏。
もう大会まで間もない。

「さて、」

部員が練習に出ている間も仕事は山積みだ。
皆が帰ってくるまでに終わらせておくべき事柄を整理する。

大変だ、大変だと言いながらも、実はやるべき仕事を着実にこなしていくのは嫌いじゃないかもしれず、人知れずマネージャー向いてるのかもしれないと思ったりする。
そもそも家事も嫌いなほうではないし、相手が何をしてほしいかを読みながら動くのも好きなほうだ。
気づいていなかったが元が受け身タイプな分、相手の表情や雰囲気を窺って動くのは苦じゃない。
最初の動機は不純だったかもしれないが、最近はマネージャー業務自体を楽しめるようになってきた。


バタバタと走り回っているうちに、あっという間に日が暮れる。

「お疲れ様です」
「あぁ、おおきに」

にっこり笑う石垣先輩にボトルを手渡して、使い終わったボトルを受け取る。

この瞬間が至福…。

数少ない石垣先輩と喋れる時間だ。

「名前ちゃん、マネが板についてきたなぁ」
「え、そうかな」
「皆、名前ちゃん入ってくれてよかったて言うてるしな。
 気も利くし、仕事が早いいうて」

これからも、よろしく頼むわ。

そう言って、大きな手で頭をポンポンと撫でてくれる。
キュウっと心臓が鳴る。

他のマネージャーがいないことを辛く思っていた時期もあったけど、こういう特典独り占めできるのは良いよなぁ、なんて思ったりする。

「石垣クゥン?」

キミィにサボる暇あるん?

ユラっと影が落ちてきて、真上から威圧的な声が降ってくる。

いつものことだ。
私と石垣先輩が話しているとすかさずやって来ては邪魔をしていく。

「あ、あぁ、すまんな、御堂筋…くん」

石垣先輩はそそくさと立って、ローラーの方へ行ってしまった。

確か今日のメニューは30分ローラーを回して終わりだったはず…!

石垣先輩の背中を見送って、ギュッとボトルを握り、決意を改にする。

今日こそは…今日こそは石垣先輩と一緒に帰るんだ…!

「名前ちゃァん?何ぼーっと突っ立ってんの、キミもサボっとる暇ないよォ?」
「はいはぁい」

さっきの頭ポンポンで御堂筋くんの冷たい言葉も平気になるんだ。
先輩から目を離して、先輩のメニューが終わるのと同じタイミングで仕事を終わらせるために業務に戻る。

御堂筋くんがダラリとぶら下げた手に持っているボトルを受け取ろうと手を伸ばすと、ひょいっと遥か高くにボトルを持ち上げられてしまった。

「あの…届かないよ」
「あァ、そやねェ」

ハイ、と降りてきたボトルに再度手を伸ばして背伸びをするがまた遠ざかっていく。
更にジャンプをしてとろうとするが、ボトルは更に上へ。

「ねぇ」
「プァ?」
「なんで、そんな意地悪するの?」
「そんなん」

キミが石垣くんにぼーっと見惚れて仕事せぇへんからやろ。

べぇっと長い舌をだす御堂筋くんは、本当に本当に本当に意地悪だ。
そもそも、彼は私の恋に協力してくれるんじゃなかったのか。
いや、入部して3日でそのつもりはないことに気づいてはいたけれども。
それでも、それにしても。

「ちゃんと、仕事はこなしてるつもりだけど」

早くそれちょうだいよ。私、今日は急いでるんだから。

焦りから私にしては珍しくきっぱりと言い放って、しまった、と後悔する。
恐る恐る御堂筋くんの顔を見ると、一瞬黒目を大きくしてキョトンとした表情を浮かべ、ゆっくりと大きな口が緩んでいく。

あぁこの顔…。やってしまった。

下手に刺激しないのが正解だったのに。

「ふぅん、急いでるん?
 なァんでやろ、なにか大切な用事ィでもあるん?」

でェもォ、だめやよォ?

バァと御堂筋くんが笑顔のまま舌を出す。

「キミィ、今日は居残りやでぇ?
 ボク、キミに頼みたい仕事があるからァ」
「えぇ…そんなぁ…!」

今日こそ早く帰れると思ったのに…!

「なんやその顔、キモォ」

はよ、替えのボトル渡しやァ。

放り投げられた空のボトルを慌ててキャッチして、力なく中身が入った重たいボトルを手渡す。

「ハイ…」
「それでええねん」

満足げにそう言って、ゆっくりとその場に座り込む御堂筋くんを後にして、私はノロノロと急ぐ必要のなくなった仕事に取り掛かった。

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