ダンスの隙間で(1/4)


青空の中。
高く高く跳躍したその姿に、俺は馬鹿みたいに見蕩れてたんだ。




「あー、だりィ…」

ボソリと呟いて、ポケットに手を突っ込んだ。
昼休みは校内が騒がしくなるから嫌いだ。
廊下を大股で歩くと、騒いでいた奴らが次々と気まずそうに道を開けていく。

ちっ。

周りを睨めつけて舌打ちをすれば、廊下の端にいた人間が散っていった。

相変わらず気分の悪ィ学校だな。

学校にも寮にも家にも俺の居場所はない。
イライラしながらあてもなく校舎を彷徨く。
ノラスケのとこ行くかァ、なんて考えながら歩いていると人気のない廊下に来ていた。
ふと横を見ると短い階段がある。

好奇心の赴くままに階段に足をかけた。
のぼりきった先には鉄の扉。
磨りガラスから外の光が漏れている。
扉をあけたその先は真っ青な空。
そして。

…ぁンだ…。

ひらりひらりと舞うスカートの影。
軽々とステップを踏む足。
恍惚とした表情で縦横無尽に跳ね回る女。

それがその女、苗字との衝撃の出会いだった。



カシャン、と音がして女の動きがピタリと止まる。
耳からイヤホンジャックをぶら下げたまま、タラりと横に真っ直ぐ伸ばしていた腕を力が抜けたように下ろした。
女はきょろきょろと辺りを見渡して、床に転がった音楽プレーヤーを見つける。
気怠げに目当ての場所まで行き腰を折って落とした物を拾いにかかった所で、扉を開けて惚けている俺と女の目が合った。

「…ベルナルドじゃん…」
「…は?」

お互いにアホみたいに口を開けたまま、俺と彼女の間の時が止まる。

「…ごっ!ごめん!」
「い、いや…」

数秒後に我に返った女の声に気まずさを感じながらも、ここで引き返すのもなんか違うな、と思い屋上へ足を踏み出した。

もしかして、お昼?どうぞどうぞ、遠慮せずに!、と慌ただしく話しかけてくる声が鬱陶しい。
構わずどかりとフェンス下の段に腰掛け、あからさまに不機嫌な顔してればどっか行くだろと高を括って購買で買ったパンにかぶりつく。

「…あっあの…!」

二口目の為に開けた口をそのままに声のした方を見ると、挑むような目で真っ直ぐにこちらに飛ばしてくる視線とぶつかった。

話しかけてきやがった、この女。

自然と目が開く。

「…ァに」

いつもの俺だったら多分、舌打ちでもして終わりだっただろうと思う。
ほんの気まぐれが生じたのと、昨日の自転車ヤロウとの一件も、少なからず心情の変化に影響を与えていたのか。

「あ、アラキタ、くん、だよね?」
「…そォだけどォ…誰、オマエ?」

投げかけられた質問に質問を投げ返すと、まるでパァッと効果音が聞こえてくるかのように表情が変わっていく。

「私、苗字!苗字名前!」

隣のクラスの!と勢い良く続けるその顔をまじまじと見た。

「…お前さァ、」

俺のこと恐くねェの?

喉元まで出かかった言葉を、飲み込んだ。
馬鹿みてェな質問だな、と思ったから。

でも、隣のクラスなら俺がどういう奴かということは知ってるはずだ。
どいつもこいつも、怯えた顔や嫌悪感丸出しの顔で俺を見るのに、コイツからはそういう奴らとは違うニオイがする。

気持ち悪ィ。

他の誰とも違うニオイの、強烈な違和感に最初に抱いた正直な感想だった。




「荒北くん…なんてことを…」
「…ンで、テメーがショック受けてんだヨ」

衝撃の出会いから数日後。
なんとなく例の屋上へ足が向かって、案の定そこには苗字がいた。
今日はこの前のように縦横無尽なダンスではなく、その場で足で小さなステップを踏んでいた。
タップダンスというのだろうか。
よく動く足に見入っていると、くるりとこちらを向いた彼女が、イヤホンをしたままあんぐりと口を開けた。

暫く言葉が発せない苗字を横目に、今日の昼を袋から取り出す。
この前と同じ場所に腰掛けた俺のところへ、ヨタヨタと近づいてきた苗字にチラリと視線を投げる。
ようやくその口から出た言葉が、なんてことを、荒北くん、だった。

呆れて問い返せば、だってだって…、と口をパクパクさせた後、すっと息を吸い込んで、決意したように口を開く。

「リーゼントがぁ…」
「あァ?!」

数日前に切り落とした前髪をくしゃりと握る。
あまり触れられたくない話題に過剰に反応してしまう。

「私のベルナルドが…」
「ァんだ、その、ベ、なんとかって」

いやこっちの話です、とえらくしょげているその表情が腑に落ちない。

「言えっつってんだろーが!気になるからァ!」

イライラして思わず怒鳴りつけると、声デカッ!と驚いた顔で苗字が言う。

コイツはあれだ、思ったことがそのまま口に出るタイプの人間だ。

不躾なその反応にキレそうな自分をなんとか抑える。

「だって怒るもん」
「怒んねェからァ」
「えー、ほんとかなぁ」
「てめっ…」
「わかったわかった、言うから!」

俺の剣幕に苗字は慌てたように背筋を伸ばした後、ウエストサイドストーリーって、知ってますか…?と言って窺うように俺を見た。

聞くと彼女は大の映画好き、特にミュージカル映画が好きで、その中でも特に好きなその映画の登場人物に勝手に俺を重ねていたのだという。

そこから先は苗字の独壇場になった。
もういいというのに、その映画や俺に似ているというその人物の話を興奮して話す。
挙句の果てには、この振り付けが最高なのよ!見てて!と足を大きく広げて踊って見せる始末だ。

パンツ見えるよォ、と言ってやると、大丈夫!ホラ、スパッツ履いてるから!と元気にスカートをめくって見せてきて、馬鹿かと思う。

でも、とふと俺の中に一つの考えが浮かぶ。

俺は、コイツのこの、この上なく楽しそうに踊る姿に見惚れたんだよな。
全力で“ここにいる”って訴えてくるようなその姿に。

「俺もさァ、」

もっぺんそういうモンに出会えたかもしんねェ。

言い掛けてやめる。

「何か言った?」
「なんでもねェ」

いつか俺も、自転車で心から笑えるようになったらコイツに話したい。

そんなことを思いながら、青空の中楽しげに踊ってみせる姿を眺めた。



表紙へ戻る