ダンスの隙間で(2/4)
「お前ってさァ、ダンサーってヤツなの?」
「え、今更?!」
苗字と出会って早1年が過ぎようとしていて、俺たちは2年生になった。
クラスは違えど、なんだかんだで昼を一緒に過ごすのはお決まりの流れになっている。
俺はすっかりロードにはまり込んで、レースの話や自転車の話を苗字に話すようになっていた。
苗字が意外に聞き上手ということもあって、つい俺も話してしまうのだ。
苗字は苗字で好きな映画の話やら、音楽やら相変わらず好きなことに対しては止めどなく話すから、そういう時は俺が聞き役に回る。
お陰で俺じゃ絶対選ばないような映画も結構観るようになった。
話をしている時以外は苗字のダンスを眺める。
苗字は色々な種類のダンスをその時の気分で踊っているようだ。
ある時はタップダンス、ある時はバレエ、ある時はポップな、ある時はスイングするように。
なにがどのダンスなのか、聞けば教えてくれるから少しは分かるようになってきた。
そして素人目でも分かるのは、苗字のダンスのレベルは物凄く高いということだ。
最初に彼女のダンスを見た時魅入られたのは俺がどうこうの問題じゃなく、彼女のダンスに人を魅了できる程のオーラがあったということに、かなり時間が経ってから気がついた俺は相当な間抜けだ。
「いやお前、映画とか音楽の話はすっけどォ…。
ダンスの話ってしねェからァ…」
そうなのだ。
今の今まで、彼女がどうしてこんなにもダンスが上手いのかを、1年も一緒にいて聞いたことがなかった。
それにたまに彼女が垣間見せる圧倒的なオーラ。
どう考えても只者ではないことは、暫く一緒にいれば匂いですぐに分かった。
ただ、なんとなくその話題を彼女が避けてるような気がして、ズルズルと聞くタイミングを逃してきた。
ここにきて思い切って聞いてみたものの、自分の歯切れの悪い問いかけがもどかしい。
「あー…そうだね…。
まぁダンサーっちゃダンサー…かな」
対して、苗字の返答も相当に歯切れが悪い。
結局何となくそれ以上は聞けなくなってしまって、俺たちはまたいつもの無難な話題に戻る。
どことなくぎこちなくなった雰囲気をお互いに感じながら。
「おめさん、最近よく苗字さんといるな」
仲良いのか?
新開の言葉にぴくりとあからさまに反応する俺はみっともないことこの上ない。
「いやァ?別にィ」
ローラーを回しながら何でもないことのように答えてみるが、きっとコイツにはお見通しだろう。
「なにぃ?!苗字さんってあの苗字名前か?!」
「ナンだよ、東堂。知り合いか」
すかさず話に入ってくる東堂の鬱陶しい圧に眉を寄せながらも、気になって聞いてみる。
「いや、知り合いではないが…有名人だぞ、苗字さんは」
「はァ?」
「そうだぞ、靖友。知らなかったのか?」
東堂の言葉に目を見開く俺に、新開がいつもの笑顔で応じてくる。
「ンなこと、アイツひとっ言も言わなかったぞ」
「自分で"私有名人です"とは言わないさ」
尽八じゃあるまいし、と付け加える新開に、なっ!どういう意味だ隼人!と東堂が食ってかかる。
「しかし、何故よりにもよって荒北なのだ…!
美的センスのカケラもない男だというのに!」
「うるせー、クソダサカチューシャ」
「ダサい言うな!
あぁ、本当に、苗字さん何故なのだ…!」
「ァんで、アイツとつるむのに美的センス云々言われなきゃなンねーんだよ。関係ねェだろ」
ボソリと言い放った俺に、新開と東堂の憐れむような視線が突き刺さる。
「知らないって怖いな」
「あぁ…そっとしておいてやろう。傷つくだけだ」
コソコソと2人で話している声、丸聞こえなんですけど。
「てめェらァ…」
黙って聞いてりゃ、と青筋をたてる俺を見て新開が楽しそうに笑う。
「悪い悪い、ついな」
そう怒るなよ、と肩をポンと叩くと苗字について話し出した。
「俺も詳しいことはよく知らないけど、苗字さんダンスの凄い選手らしいんだ。
小、中、高って賞を総ナメにしてきて、海外でも活躍できるくらいの実力があるらしいぜ」
初めて聞く話に心臓がドクンと脈打つ。
彼女のこういう話を、他人から聞くことになるとは。
「最近、苗字さんの弟がここに入学してきたっていうのでも話題になったよな。
ホラ、1年に物凄い顔の良い奴が入ってきただろ」
「あぁ…お陰で女子人気が随分あちらに取られてしまった」
東堂がため息をつく。
「弟もダンスやってんのォ?」
そうなんだろうな、と思いながら聞く。
返ってきたのは予想斜め上を行く答えだった。
「やってるっていうか、あいつら姉弟でペアのダンサーだよ」
気になるなら動画のURL送ってやるから見てみればいい。
新開の言葉を1人部屋で思い出して、通知がきているアイコンをタップする。
案の定、新開からのメッセージが届いている。
なんでそんなことまで知っているのかを聞くと、なんと新開と苗字は同じクラスでその動画を見ていないクラスメイトはいないのだという。
ただ当の本人はあまりそのことには触れられたくないようだと、新開が言っていた。
やっぱりネ。
そう思いながら、新開とのトーク画面を開いてみる。
触れられたくない話題なのはあの空気からして明白だ。
見るか、見ないか。
動画のタイトルは『蓬莱杯 高校生の部決勝 苗字ペア』とある。
「だァっ!くそ!」
好奇心には勝てず、動画の再生ボタンをタップした。
ンだよ…コレェ…。
無理やり視線を絡め取られる。
画面越しにも伝わるプレッシャー。
挑戦的で威圧的で自信が漲るような笑み。
一つ一つの動作に気品が溢れている。
美しく曲線を描く身体から凄まじい圧が滲んでいる。
その圧倒的な空気感の中で対等に見つめ合う蠱惑的な瞳。
軽々と支えられた身体から、すらりとした足が投げ出される。
これが姉弟ということを忘れてしまいそうな程、そのダンスの中で2人は男と女だった。
まるで別人じゃねェか。
いつも屋上で自由に踊り回っている女とは全く別の女がそこにいた。
1曲見終わって携帯を投げ出す。
もうそれ以上見る気がしなくなっていた。
そりゃ美的センス云々東堂に言われるわけだわ、と1人苦笑する。
そして、あの最初の出会いからここまで、彼女が俺に怯まなかった訳がよく分かった。
イキがったヤンキー風情の圧なんか、彼女にとってはどうってことはなかったのだろう。
そう思うと恥ずかしいやら情けないやらで、吐きそうだ。
「明日っから、どうすっかナァ」
枕に顔を埋めて目を瞑る。
暗闇の中、鮮やかに彼女のドレスの残像が舞う。
脳裏に焼き付いたようにあのダンスが離れない。
何者でもないちっぽけな俺。
まァただ。
誰かと比べては、昔の自分が出てきて足を引っ張ろうとする。