最終話
松の遺言では、店は売却して名前に相続するとなっていた。
店の相続権がそっくりそのまま、名前ということになっていたのだ。
松が貯めていた遺産も全て。
店を続けると言い出した時には驚いたが…。
その時のことを思い出して、今の名前をもう一度見る。
そう、名前は店を売却せずに、そのまま店を引き継いだのだ。
奇しくも駄菓子屋仲間となってしまった喜助としては、名前との繋がりを維持できて嬉しい反面心配でもあった。
一時の想いだけでこんなことをして、後で後悔しないか。
この時期を大切に過ごさなくていいのか。
夢も将来もあるだろうに。
今、したいと思うことをしたいの。
しなくて後悔したくないから。
そう決然と言う名前に喜助は何も言えなくなってしまった。
結局、喜助は名前を手伝いつつ側にいることを決めた。
杞憂だったか。
その後の名前の行動を思い返して、喜助はふと笑みを作る。
名前は駄菓子屋は勿論続けつつ、遺品として松が残したおやつのレシピを見ながら、季節ごとにおやつも作っていくことにした。
町の人間が集まれる場所でありたいと、松が居住スペースとして使っていた奥の部屋も解放して、今では様々な人が出入りする場所になった。
最近では子ども達へ勉強を教えたり、塾のようなこともするようになっている。
今の時期は夏休みの宿題に追われる子どもたちを手伝うのにてんてこ舞いだ。
英語を専攻している名前は語学にも堪能で、英会話教室なんかも週ごとに開いたりしはじめているらしい。
翻訳の仕事とか、ライターとか家でできる仕事はいくらでもあるからさ。
そう言って着々と将来設計を立てていく名前を、喜助は眩しいものをみるような気分でいつも見ていた。
「名前さん、ありがとー!」
「ねぇちゃん、また明日来るね」
「ばいばーい!」
奥からゾロゾロと口々に名前に言葉をかけながら、子どもたちが出てくる。
その声で喜助の思考が途切れ、賑やかにはしゃぎながら真夏の日差しの中に駆け出していく後ろ姿達を見送った。
「浦原さん、ごめんね。」
「いいんスよ」
奥からサンダルをつっかけて出てきた名前に、緩く笑ってみせる。
「あれ、一護は?」
「お帰り頂きました」
ニッコリと笑みを作る喜助に、名前も、何それ、とツッコんで笑う。
「はい」
「あ、寒ざらしじゃないっスか」
「松さんには及ばないかもしれないけど…」
私が作ると、なんか違うんだよね…。
そう言いながら差し出してくれる器を受け取る。
涼し気なガラスの器に、琥珀色に白玉の白が映える。
一護のために作ってきたもう一つの寒ざらしに、代わりに名前が口をつけた。
「夏はやっぱりこれっスね」
「ね」
2人でジリジリと焼かれるアスファルトを眺める。
「もう、3回忌だね」
「早いっスねぇ」
「早い、ほんとに」
しみじみと呟く声が、蝉の声に溶けていく。
「ねぇ、浦原さん」
「ん?」
遠くを見て、名前が呟く。
「松さん、天国で京さんに会えたかなぁ」
「会えましたよ」
「なんでそんなに言い切れるの」
「願えば叶うってやつっスよ」
意味深な喜助の言葉に、名前が喜助を見て、ふと疑問を口にする。
「あれ、そういえば、京さんの話、したっけ」
「松さんから、少し聞いてたんスよ」
「えーなぁんだ。私と松さんの秘密かと思ってた」
名前が口を尖らせて、足をぶらつかせる。
「松さんがよく、アタシと名前サンのことを、京さんと私みたいって言ってましたしね」
「それ、浦原さんの前でも言ってたの?!」
恥ずかしい!
そう小さく叫ぶ名前を見て、喜助が目を細めた。
「み、見ないでください」
「えぇー。なんでですか」
「なんででも!」
「名前サンの意地悪ぅ」
「かわいくない!」
「名前サンは可愛いっスけどね」
「っつー…!うるさい」
残された者達は残された者達で物語を進めていく。
先に進んだ者はその先で、物語を作っていく。
幾つもの偶然と出会いが折り重なっていく。
失ってはまた拾い上げながら。
Fin