ロマネ(1/3)



「キミィ、自転車乗るん?」

高校の登校日初日。
最初に声をかけられたのは、駐輪場だった。
切れる息を整えながら鍵を掛けていたところ、いつの間にか横に人がいた。

「… はい?」

しなやかな体躯に、黒々とした瞳。
マスクをして明らかに怪しいその顔がじぃっとこちらを見ている。

「え、私?」
「キミしかおらんやろ。アホなん」

なんだコイツ。
…なんだコイツ!初対面なのに!

「見ればわかるでしょうよ、今乗ってきたんだから」

これで通学してんの!

と自分のグレーのクロスバイクのサドルをポンと叩いてみせる。

「…そらそやな」

その彼は宙を見上げて長い首を傾げた。

「じゃあ私行くから」

ふっと彼の後ろを通り過ぎて教室へ向かう。

変な奴。

それが私の、御堂筋翔への第一印象だった。






親の転勤で京都に引っ越してきて数ヶ月が経つ。
中学3年生の冬という中途半端な時期に転校になったため、かなり気まずい思いをしたがそのぶん勉強に専念できた。
元々転校前の学校でも特進クラスもある高校を受ける予定で勉強していたこともあり、友達もいないから勉強にも集中できて、高校は少し偏差値が高めの自宅からそう遠くない京都伏見高校に入学することができた。

結局京都の中学では友達はできなかった。
高校では、と淡い期待を抱いていたが、それもうまくいかず。
話す言語が違うというのはかなり大きい。
いや、それは言い訳かも。
元来人付き合いが苦手なのだ。
自分が変わらなければ、場所や環境が変わったところで同じことの繰り返しだ。
興味のない話に無理して合わせていくのも、面白くもないのに笑うのも疲れてしまう。
自宅から近い高校を選んだのも、早く行って早く帰りたかったから。
バスや電車のような人の多いところにもいたくなかった。
一人が好き、というわけではないが、一人が楽、なのだと思う。
これでは友達ができなくて当たり前だ。

今日も今日とて、私は一人教室で音楽を聴く。
いつの間にかいつも一人で座っている私も教室の風景の一部になってしまった。

ちらっと窓際、一番隅の席でぼぅっと空を眺めている彼を見る。
彼も私と同じ。
一人でいて当たり前の、風景の一部。
登校日初日に声をかけてくれた彼だ。
あの時私がもう少しにこやかに話して、自己紹介でもしていればはみ出し者同士仲良くできていたのだろうか。

うーん。いや、そういうタイプじゃなさそ。

ふっと息をついて視線を戻し、再び休み時間をやり過ごすため音楽に集中する。


トントン。


後ろから突然背中を叩かれ、思わずびくっと肩をすくめた。
振り返るとクラスメイトの女の子が困ったように笑っている。

「あ、ご、ごめん。気が付かなくて」
「こっちこそごめんねぇ、驚かして」

お互いに距離感をもったまま、微妙な笑顔を浮かべる。

「今日朝先生が言うてた委員会のことなんやけど」

あぁ、なんかそういうようなことを言っていたような。

朝のHRで先生が委員会活動に全員入る必要があること、どの委員に入るかは自分たちで決めることを言っていたことを思い出す。

「もうクラスの子ぉらほとんど入りたい委員会決めて、まとまりそうなんよね。
 女子では苗字さんだけまだ希望だしてないから、出してほしいなぁて。
 ちなみに、今まだあいとるのが美化委員やねんけど」

どうやろか?

気まずそうに私を見て尋ねる。

なるほど。
これはつまり、まとまってるところに水をさすなよということか。

「私別になんでもいいから、美化委員でいいよ」

へらっと笑って見せる。

「ほんまぁ?よかったぁ。
 ほなら、先生には私から決まったて言うとくね。
 あと、美化委員は早速今日から委員会あるみたいよ」

それだけ言って、彼女はそそくさとその場を離れていってしまった。

とにかくできるだけ、害のない人間でいることだ。
でないと、無駄な不利益を被ることになってしまう。

きっと美化委員って面倒な委員会なんだろうな。
皆がやりたがらずに残ったってことは、そういうことなんだろう。
しかも、どの委員会よりも先に集まるってことは仕事も多いんだろう。
正直面倒だなぁ。
なぁんにもしたくないんだけどなぁ。
まぁでも仕方ないか。

そんなことを思いながら、チャイムの音とともに私は机の上を整えた。




「起立、礼」
「「ありがとうございましたー」」

一日の終わりを告げる挨拶が終了する。

「さぁて、帰ろうー」

独り言を言って大きく伸びをする。

「キミィ、何1人で帰ろうとしとんの?」
「へ?」

ゆらり。
影が窓から差し込む光を遮って、長い影ができる。

「美化委員やろ、キミ」
「あ」

忘れていた完全に。

「今日の午前中言われたこと忘れるて、キミ脳みそ鳥以下なんやない」

プクク。

嫌味ったらしく笑って、上から見下している。

「…あのさぁ、君、そういう言い方しかできないの?」

やられた。
私も、彼も。
はみ出しもの同士、体よくまとめられてしまったのだ。
一番面倒な委員に。

「これはこれは、えろぅすんまへんなぁ」

べーと長い舌を出して、ニタニタと笑いながら明らかに馬鹿にした謝罪をしてくる。

くっそ、こいつ腹立つ。
そうだ、そうだった。
こいつ最初に会った時から無礼なやつだった。
そりゃ完全に忘れて帰ってたらと思うと少し申し訳ない気持ちもあるけど。

「さっさと行ってさっさと帰ろう、御堂筋くん」
「ピ」

ピ?
謎の音を出して固まる御堂筋くんを見る。

「は?」
「いや、名前」
「なによ」
「ボクゥの名前知ってたんやって」
「そりゃ知ってるでしょ、クラスメイトなんだから」
「…鳥以下の脳みそじゃ覚えてへんかと思て」
「いや、もうマジで失礼だわ」

イライラと舌打ちする私の横を、ニタニタと笑いながら歩く御堂筋くん。
仲良くできる気が一切しない。
そもそも、人付き合いは苦手なのに。
こんな無礼なやつ。

あ、でも。

はた、と考える。

何も考えずに思ったことを口にだして言えているっていつぶりだろう。
この人の無礼さにつられて、包み隠す必要を感じなかったのか。

「…いや、無礼者だから仕方ない」
「なァんか言うたぁ?」
「何も言ってません」
「キモっ!」
「なんで!?」


今まで出会ったことのない種類の人間。
それが御堂筋翔だった。