ロマネ(2/3)
あ、今日もおるな。
最近よくみかける、自分と同じグレーの自転車に乗っている子。
あの子のはロードやなくて、クロスバイクやろうけど。
最近同じ中学に転校してきた女子。
変な時期の転校で、おまけに自転車に乗っているとなれば、自然と目はいく。
いつも同じポイントで追いついて追い越した。
追い越し際、いつもバレへんようにこっそり彼女をみるのがいつの間にかボクの日課になっとった。
とても気持ちよさそうに風を切って、鼻歌を口ずさみながら、走っている。
そんな姿が少しだけ羨ましくて。
「…キモ」
自分に向かっていつもの悪態をつく。
そんな繰り返しの毎日。
中学では彼女とは違うクラスやった。
廊下を通った時ふと何気なく目をやった教室に、彼女はぼぅっと座っていた。
他県からの転校ということや時期も時期だったからか、どうも周りに馴染めていないようでいつも1人で音楽を聴いているような大人しい子。
そんな印象。
一度見つけると、いつも大抵彼女は自分の席にいるから見つけやすかった。
きっと一日中そこにおるんやろう。
暇、やろな。
ボクゥもや。
学校の日常生活はつまらん。
無駄が多い。
頭の悪いカス共が集まって、何や頭の悪いことばっかり言うて騒ぎよる。
先生も大人の癖にまともなん1人もおらん。
カスバエばっかや。
あの子ォもそのうち、そのカスバエのうちの1匹になるんやろな。
そう思とった。
ボクの予想に反して、冬が終わっても春がきても同じ光景が繰り返された。
そして結局卒業まで彼女は1人で、卒業を惜しみ合う友達も作らんまま。
ボクには不思議やった。
1人ぼっちやのに、あの子は全然寂しそうやなかったから。
クラスの席に1人でいる時も、体育の時間あぶれてグループやペアから外れている時も、お昼ごはん1人で食べとる時も。
なんや1人でのんびり散歩やら日向ぼっこしとるような、そんな雰囲気でおる。
特に自転車に乗っ取る時は、なんとも言えんええ顔してのんびりペダルを漕いでいた。
なんやちょっと頭のネジ緩い子ォなんやろか。
群れて安心するのがザコ共やと思っていたから、ボクにとって彼女は異質で不可解やった。
分からんもんに頭使わんように、そういうのは切り捨てていく。
そうすることにしていた。
だから卒業して高校に入るタイミングで、ボクは彼女のことを完全に頭から切り離すつもりやった。
もう会うこともないやろ。
そして、高校の登校日初日。
また同じポイントで既視感のある後ろ姿を見つけた。
しかも同じ高校の制服。
まさかな。
通りすがりにこっそり盗み見る。
やっぱり、あの子ォや。
おんなし高校やったんや。
彼女がどの高校受けるかなんて知らんかったから、驚いてしまった。
こんな偶然があるもんなんやなと。
そんなことを思ってハッとする。
こんなに人に興味持ってしもた自分が、腹の底から違和感。
「キモ」
悪態をついてペダルを踏み込むと、彼女はあっという間に後方に。
とりあえず今は頭を切り替えて、コースの下見をする。
計画通りに事を運ぶために、ざっとコースを見て回る。
すでに一度走ってみたコースだ。
地の理も加速のポイントも相手の出方も想定内。
ザコ共捻り潰して、ボクの言うこと聞かすために徹底的にやる。
「大体ええやろ」
呟いて駐輪所に向かう。
家を早めに出たから、まだまだ時間にゆとりもあり駐輪場に人影はない。
「〜♪」
静かな駐輪場に、車輪の音と鼻歌が通り過ぎた。
うそ、まさか。
そのままその音の主を目で追う。
あの子や。
こんなに近くで彼女を見たのが初めてで、思わず固まってしまう。
制服のスカートの下にジャージ履いて、色気もなんもないけど。
なんやろ、この子の、この目が離せへん感じ。
「はぁ…あっつ」
そう一言呟いて、自転車に鍵をかけるその仕草が、なんやスローモーションみたいに流れていく。
「キミィ、自転車乗るん?」
うそやん。
今これボクの声?
自分でも信じられへん気持ちで、咄嗟に出た謎の質問の声を聞いていた。
彼女はびくっと身体を揺らした後、キョトンとして周りを見渡して、「え、私?」と間抜けな顔でボクを見てくる。
「キミしかおらんやろ。アホなん」
頭真っ白なのに、罵詈雑言だけはよう口からなんも考えんと出てくるもんやな。
自分でも驚く。
彼女はえらく憤慨して、至極真っ当な返答をした。
真っ当過ぎて流石のボクも後の言葉が続かんかった。
「じゃあ私行くから」
スッと後ろを通り過ぎていく。
さらりと黒髪が舞う。
あんな顔して怒るんや。
あんな声やったんや。
なんかフワフワする。
「…キモぉ…!」
両手で顔を覆ってこする。
キモキモキモキモ…。
こんなんボクらしくないわ。
あかん。
ため息をついて教室に上がる。
そしてそこでまたボクは彼女と出会うことになる。
「キミィ、なに1人で帰ろうとしとんの?」
伸びをしたまま、目を見開いて固まる眼の前の例の女子。
まさかの同じクラスで、同じ委員会になった。
まあ委員会はハミゴ同士くっつけられただけやけど。
彼女の名前は苗字名前。
初めて名前を知った。
ずっと前から知っていたはずなのに、当たり前のようにボクは彼女の名前すら知らなかった。
「美化委員やろ、キミ」
「あ」
完全に忘れとったな。
わかりやすい。
この子は多分基本的に興味がないのだ何に対しても。
だから、1人でも平気な顔しておれるんやろう。
そんな子が、ボクの嫌味には表情を変えて食ってかかってくる。
それは少し、ええ気分。
「さっさと行ってさっさと帰ろう、御堂筋くん」
今、なんて。
「ボクゥの名前知ってたんやって」
「そりゃ知ってるでしょ、クラスメイトなんだから」
誰もいなさそうな彼女の中に、名前を記憶するくらいはボクの存在てあったんや。
驚き半分、謎のふわふわした気持ち半分。
呆れた顔でボクを見てくる彼女に、口から出てくる悪態。
イライラした様子の彼女を見て、怒らせたはずなのに自分の言葉に反応する姿が面白くてついやってしまう。
他人に対してこんなふうに関わろうとしたことが今まであっただろうか。
ボクにとって未知の存在。
それが彼女だった。