花開くまで(4/4)
最近、あの子の顔をまともに見れない。
なんや苗字さん見とると、鳩尾辺りがムズムズしてきて、苦しい。
それに、あの時あの中庭での光景がどうしても頭から離れなかった。
自分には到底計り知れない、あの2人の関係。
あの場面を思い出すと、心臓がぎゅうっと縮むような感じがする。
そして、同じ感覚は別の場面を見ても起こる。
「名前」
彼女の名前を呼んで、廊下から手を振っているのは石垣くん。
呼ばれて走り寄っていく苗字さんは、嬉しそうに頬を緩めているように見える。
なに、仲良ぅなってるん。
訳の分からんイライラが襲う。
意味不明な状態も、苛立ちに拍車をかけた。
あれから、あの階段には行っていない。
チラッと石垣くんと苗字さんを、バレへんように見る。
あの中庭の一件以来疎遠になってしまったボクとは反対に、石垣くんは彼女と親しくなったらしい。
最近、わざわざ石垣くんは1年の教室まで足を運んでくる。
「石垣先輩やん」
「やぁん、今日もかっこええわぁ…」
「最近苗字さんと仲ええね」
「なんでなん」
「さぁ、わからへん」
「だって名前呼びやで」
「付き合ってんとちゃう?」
「えーまじかぁ!」
聞きたくもないクラスの女子の会話が耳に入ってくる。
「でも、苗字さんてさぁ感じ悪ない?」
「あ、言いたいことわかるわ」
「石垣先輩、あんな子のどこがええんやろ」
「そりゃ、顔ちゃう?顔はええやん、顔は」
「やっぱそこやなー」
キモ。アホか、あの子の本質なんも知らんと、好き勝手いいくさって。
頭の中で吐き捨てて、ふと、じゃあボクはあの子の本質を少しでも何か知っとるんやろかと自問自答する。
知った気になって、ボクは結局あの子のことをなんも知らん。
彼女が何を考え、何に苦しみ、何に悲しんでいるのか、ほんとのとこはなんも。
手持ち無沙汰で教科書をパラパラと捲ってみるが、そこに必要な答えはなにも載っていない。
「苗字さーん!」
いつの間にか席に着いていた苗字さんに、さっきまで陰口を言っていた女子の1人が、なぁなぁ、と駆け寄っていくのを横目で見て寒気がする。
「最近、石垣先輩とよく話しとるけど、もしかして2人付き合ってるん?」
2人がどういう関係であれ、ボクにはどうでもええ。
「え?いや、それはないよ」
「えー?うそぉ!すごく仲良さげに見えたよぉ!
さっき皆で、めっちゃお似合いやんなぁって話しとったんよ」
どの口が言うてんの。キモいわ。
「そんな、ほんとに違うから」
「別に隠さなくてもいいやんかぁ」
「や、だから、ほんとに違うんだって」
「へぇー」
石垣先輩じゃ相手にならんてこと?
モテる女はちゃうねぇ。
クスクスと笑ってその場を離れていく。
これは牽制だ。
無駄な。
吐き気がする。
こないな中途半端ァなことするんやったら、1人にさせとったほうがまだマシやわ、石垣くん。
「苗字さん」
ふいっと上げた小さな顔には、あの諦めたような疲れたような表情。
周りに聞こえないくらいの小さい声で話しかける。
「キミ、体調悪いんやないの」
「え?」
「あかんわ、真っ青やわ。保健室行きィ」
先生には言うといたるから。
そう言うと、苗字さんは困ったような、泣きそうな顔で笑って、ありがと、と席をたった。
その背中を見送って、ふっと息をつく。
「石垣クゥン」
「えっ?御堂筋?」
なんや、珍しなぁ!
放課後わざわざ探し出して呼び止めると、なぜか嬉しそうに近寄ってくる石垣くんを一瞥する。
ボクの視線に何かを感じ取ったのか眉をひそめた。
「なっ、なんや?」
「キミ、もう1年の教室来るのやめェ」
「なんで?」
「なんででもや、ええな。
あと、これ」
苗字さんの荷物を石垣くんに押し付ける。
「保健室持って行って」
キミのせいなんやよ。
最後の呟きは聞こえるか聞こえんか分からんくらいの声で吐き捨てる。
石垣くんはポカンとした顔でボクを見とったけど、無視して部活に向かった。
あァ、やっぱり、なんやイライラする。
嫌や、この感じ。
「翔兄ちゃん」
「なに?」
夜、バイクの整備をしていると、いつの間にか離れにやって来ていたユキちゃんに話しかけられた。
「あんな、今日な」
またか。
この世の終わりのような暗い顔をして話し出すユキちゃんを背中越しに見て、内心、めんどくさァ、と思いながら適当に相槌を打つ。
ユキちゃんはたまに何かあると、ボクのとこに来て話したいだけ話して帰る。
多分、ユキちゃんにとってのこういう時のボクは、"王様の耳はロバの耳ー!"と叫ぶための穴と同じなのだろう。
そう思ってなにも言わず、相槌だけするようにしている。
「**くんがな、めっちゃ仲良く隣のクラスの子ぉと話しとるの見てね、最近よく2人一緒におるから…」
結局、要約すると、そのなんとかクンが最近特定の子ォと仲良くしとるから、実は付き合ってるんじゃないか?と心配、ということらしい。
ボクにはよぅ分からん。
心配って、なんでやの?
「ふぅん」
「なぁ、翔兄ちゃんどう思う?」
意見求めてくるなんか、珍し。
まさか、自分の考えを話すよう求められるとは思っておらず戸惑ってしまう。
自分で考えたらええやん…。
そう思いながらも、無下にもできず素直に浮かんでいた疑問を言葉にしてみる。
「そもそもなんで心配するん?」
「はぁ?そこから?人の話聞いてた?」
「聞いてたけど、そこが分からへん」
考える前に整備の為にいそいそと動く自分の手を眺める。
「そ、そんなん…」
**くんのこと好きやからに決まってるやん。
ユキちゃんの声が小さく響く。
好き…!って、えぇ?!コレ、そういう話か!
まさか、恋愛相談をされていたことに今の今まで気づかずにいた。
「…ユキちゃん、キモいで…」
こないな話、妹とするなんて恥ずかし過ぎる。
「うっさいなぁ。
私にだって好きな人の1人くらいおるよ」
それで、翔兄ちゃんどう思う?
ユキちゃんの口調が段々イライラしたものになっていくのに危険を感じ、慌てて質問に答えるために頭を動かす。
「どうって…本人が付き合うとるて言うたわけやないんやろ」
じゃあ、付き合ってないんやないの。
至極真っ当な正論を言ってみる。
「あのさぁ、私が聞きたいのはそういうことやなくて!」
あ、あかん。ユキちゃん機嫌悪なりよる。
「私が聞きたいのは、男の子がそういう、決まった子とよく話したり、一緒にいようとするのはどういう気持ちなんかってことが聞きたいんよ!」
わかる?
背後からユキちゃんの圧を感じる。
いや、今の話の流れでそこ汲み取れて、無理あるやろ…。
理不尽だ、と思いながらも自分の中になんとか返答を見つけてみようと試みる。
「そら、まず前提として、不快な存在ではないやろうね…。そのうえで、」
それ以上に傍にいることが心地よかったり、話したいと思うということは、
「もっとその子ォのこと知りたい、とか」
あの子の本質をボクはどこまで知ってるんやろって虚しくなったり。
「できればその子を守るのが自分でありたい、とか」
苦しそうな顔を見るのが辛くて、あの子を傷つける全てが憎かったり。
「自分の傍にだけおって欲しい、とか」
あの子の特別が、別に移っていくことに腹立たしさを感じたり。
…って、なんやこれは。飛躍して…る。
「…なんなん、それって結局」
その子のこと、好き、ってことやんかぁ…。
うわぁん、とユキちゃんの泣き声が後ろで聞こえる。
泣きたいのはこっちや、ユキちゃん。
ぶわっと顔に集中する熱で、頭がクラクラする。
熱くなった顔を片手で抑えて、なんとか熱を下げようとするが無駄だ。
あんなに忙しなく動いていた整備の手は、もうすっかり止まっている。
見ないようにしていた。
気づかないように、蓋をして。
訳の分からん感情に名前がつくことを、考えてみようともしなかった。
なんてことに気づかせてくれとんの…。
手に持っていた工具が、ゴトンと床に落ちて硬い音を響かせた。
fin