花開くまで(3/4)
え、えらいもん見てしもた。
その場に座り込んで、口元を手で覆った。
「なぁっ…今のて「シィッ!アホか、声でかいねん!」
声を潜めて今度は隣にいる石垣くんの口を手で覆う。
帰りのホームルームが終了しざわざわと生徒達がそれぞれの用事の為に席を立つ中、面倒くさそうな顔で席を立つ苗字さんを横目に見る。
後期の美化委員の仕事割のくじ引きで、一番面倒な中庭の掃除の当番を変わってくれと色々な理由を持ち出されて押し切られていたことを思い出す。
今日は月1の委員会の日だが、美化委員は持ち回りなのでそれぞれ仕事をこなせばよく集まりもない。
自分はといえば花壇の水やりを日に1回すればいいだけで、今日の仕事は終わっている。
ええの?
そう聞いた時に自分を見上げてきた時の彼女の顔は、ひどく疲れたような、諦めたようなそんな表情だった。
一言、手伝ってって言うたらええのに。
そんなことを思うが、逆にもし彼女の立場が自分でも言えないだろうなと思う。
「おぅ、御堂筋!」
とりとめもなく考えながら廊下を歩いていると、聞き慣れた声に呼び止められた。
振り向くと、あいも変わらず爽やかな石垣くんがこちらに走って向かってきているところだった。
「…なんやの」
「いや、たまたま姿が見えたから声かけてもうた」
「用事ィないんやったら、無駄に話しかけんといてェ」
相変わらずやなぁ、御堂筋は。
苦笑する石垣くんを尻目に再び歩き出すと、その横を慌ててついてくる。
「部室行くんか?」
「そらそやろ」
「委員会は?」
「知らん」
面倒で適当に話を切り上げたくてイライラと言い放つと、石垣くんが目を丸くする。
「知らんて、お前、もしかして相手の子に丸投げしてきたんとちゃうやろうな」
「ハァ?」
「あかんで、お前それは」
石垣くんが真剣な目で見つめてくる。
「キモ。アホか、ボクゥやることはちゃァんとやるわ」
「…確かに、そやな」
石垣くんから目を逸らすと、廊下を歩いてきた先生と目があった。
噂をすれば美化委員の先生だ。
「お、御堂筋」
なんや、今日はやたら声かけられるな。
煩わしく感じつつ立ち止まる。
「お前美化委員やったよな。
少しでええから、苗字手伝ってやってくれへんか。中庭大変やから」
すまんな、よろしく。
そう言って、先生は職員室へ駆け込んで行ってしまった。
「ハァ…」
心底うんざりした心持ちでため息をつくと、隣でプッと吹き出す声が聞こえる。
「俺も手伝うわ」
「受験生がそないに暇て初めて知ったわァ」
ええねぇ、と嫌味を言うと、暇ちゃうけど、まぁ、息抜きやと大らかに笑っている。
遠回しに来んなて言うてるんがわからんのかい。
心中で舌打ちするが、はっきり言うこともできずそのまま2人で中庭に移動することになってしまった。
昇降口から外に出て、トントンとつま先で地面を叩く。
少しひんやりとしてきた夕方の空気が気持ちいい。
「中庭とか、久しぶりに行くわ」
石垣くんがのんびりと言うのを聞きながら、ズルズルと箒を引きずって歩いて、中庭のすぐ傍まで来た時だった。
「そんなんで、分かるわけないやん!」
切羽詰まったような叫び声が聞こえた。
「なんや、喧嘩か?」
背後で石垣くんが呟くのが聞こえるのも構わず中庭の入り口にある建物から覗いて、視界に飛び込んできた状況に目を疑う。
なんや、この状況…。
そこには、伏見高のものではない制服を来た女子に跨がられた状態で、上半身を起こしている苗字さんがいた。
その状態でなにか話しているようだが、距離的に聞こえない。
瞬間。
苗字さんの細い手がスッと伸びた。
相手の女の子の頬に指が触れる。
「 」
苗字さんの口が動いて、何か言ったように見えて、その表情は、切ないような、苦しげな、そんな笑顔だった。
そんな彼女の手を弾いて、その他校の女子は勢いよく立ち上がって走り去ってしまった。
「あれ、南大付属の制服やったな」
今見た光景を脳内で再生してぼーっとしていると、横から小声で石垣くんが声をかけてきた。
「南大…?」
「あの子、陸上の有名な選手やで、確か」
なんで、石垣クンがそないなこと知ってんの、と聞くと、妹が陸上やっとってな、と答えが返ってきた。
「あ、そういえば、総北のあいつ、赤髪の…鳴子くん、と同じ苗字やわ。
確か、鳴子…翔子や、翔子。」
1人思い出して満足げにしている石垣くんを横目に見る。
女子のファンも多いような人気の選手らしく、石垣くんの妹もファンらしい。
「…ボクゥ部活いくわ」
時間無駄にしてしもた。
そう言って、石垣くんに箒を放る。
「ちょ…!御堂筋、どうすんねん!」
「石垣くん息抜きしたい言うてたやんか。譲ったるわ」
ほなね。
そう言い残してその場を後にした。
どんな顔をして苗字さんに会えばいいのか分からなくて。
綺麗な子ぉやな。
少し離れたところで、落ち葉を集める女の子をチラリと見た。
女子の中では背が高いほうだろうか。
俺の肩くらいだから、160後半はあるだろう。
手足の長さを強調するような、流れるような所作の綺麗さ。
黒髪の綺麗な髪が秋風に揺れて、彼女の顔を隠した。
先程の光景がふと頭に浮かぶ。
どう見ても女子が女子を押し倒している図だった。
その相手がまた、あの鳴子翔子となると中々に贅沢な図だったように思う。
顔立ちのはっきりとした可愛らしい強気な少女が頬を染めて、余裕な笑みを浮かべた美しい少女がその頬をそっと撫でる。
あ、あかん…。
思い出してこちらが赤面してしまう。
男と女よりもよっぽど艶っぽい。
やっぱり、あれはそういうことやったんやろうか。
いらぬ憶測が頭を占める。
「あの…」
「はいぃ!」
しまった。
変なことを考えていたら、すごい声を出してしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、いや、すまん。えっと、どないしたん苗字さん」
さっき初めて聞いた名前を呼んでみる。
「すいません、なんか、手伝ってもらって」
「あ、ええよええよ。気にせんといて」
ペコっと頭を下げる彼女に笑ってみせる。
「御堂筋くん、何も受験生の先輩に押し付けなくてもと思うんですけど…」
「俺の息抜きに掃除変わってくれたんよ」
ぱっと見た感じだと、近寄りがたい雰囲気があって話しかけづらいが、話してみると案外普通だなと思う。
言葉数自体は少ないが、全く話さないというわけでもない。
人への気遣いもできる。
「御堂筋は…」
「はい?」
「御堂筋はクラスではどうなん?」
話題が無くて唯一共通の話題を振ってみる。
彼女は、どう…うーん、と首を傾げた。
「浮いて…ますね」
「まぁ、そうやろうな」
クラスメイトと笑顔で話す御堂筋というあり得ない想像をして苦笑する。
「まぁ、でも私も人のこと言えないですけどね」
困ったように笑って言う。
「そうなん?」
「クラスで友達いなくて浮いてるの、私と御堂筋くんだけですよ」
なんか、昔から人付き合い下手で。
俯いて箒を動かしながら笑っている。
「…寂しない?」
「え?」
「いや、友達おらへんて言うから」
「あー…」
もう慣れました。ずっとこんな感じなので。
動かす手を止めずに、淡々と言うその横顔を見てちりっと胸が痛くなる。
人の事情に足を突っ込みすぎるのはよくないと分かっていながら、止められない世話焼き精神がむくむくと首をもたげる。
「じゃあ、今日から俺ら友達やな!」
「え?」
「中庭掃除一緒にした仲やん。もう充分友達やろ」
そう笑って見せると、少し顔を赤くして彼女が笑う。
「苗字さん下の名前は?」
「名前ですけど」
「じゃあ、名前やな!友達になったんやから名前で呼ぶわ。俺は光太郎や」
「さ、さすがに先輩を名前で呼べないですよ…」
「ええからええから!」
「じゃ、じゃあ…」
光太郎先輩…?
名前がこちらの様子を窺うように見てくる。
ちょ、え、待って。なにこれ、あかん!
自分で地雷をセットして踏んだような気分だ。
「…それで、ええと思う」
顔の赤みが引かない。
「どうしました?」
「ん…どうもしてへんよ。大丈夫」
さ、終わらせてしまおか。
うるさい心臓の音をかき消すように、慌てて残りの落ち葉を集めた。