傷口に雨(3/3)



昨日は散々だった。

朝、教室へ向かいながら名前はため息をついた。

クラスの男の子たちもなんだかソワソワしているし、女子は女子で私を見ながらヒソヒソと話をしていた。
落ち着かない雰囲気が常に漂っている、そんな居心地の悪さが常にあった。
そんなに私が髪を切ったのが面白いのか。

昨日のことを思い出してまたため息が口をついてでる。

今日は少しマシになってるといいな。

そんなことを考えながら名前は階段に足をかける。

時計を覗き込むと、ホームルームギリギリの時間だ。
学校へ行くのが億劫で、今日はどうしても朝起き上がれなかったのだ。
重い足を引きずって廊下を歩く。

教室を目前にして、名前は意を決して扉を開けた。







御堂筋は目を丸くしてこちらを見ている名前を横目に、ペンをくるりと回した。
来月の練習メニューをノートに書き込んでいく。

今日は遅かったな。

ちらりと教室の時計を見ると、10分後にはホームルームがはじまる時間を指している。

この雰囲気だ。
学校に来る足が重くなるのも無理ない。
まぁもっとも、彼女に向けられていた視線と今自分に向けられている視線の種類は全く異なるものではあるけれど。
彼女へ向けられていたのは羨望と憧れと手に入れたいという欲、対してこの視線は好奇だけだ。
彼女自身は自分へ向けられた視線を好奇だと判断したようだが。
そういう所が、鈍いというかなんというか。

顎にボールペンの先を当てながら、御堂筋はぼんやりそんなことを考える。

「ちょ、御堂筋くんどないしたん」
「シィッ、声でかいって」
「待って、ヤバない、あの髪型」

聞こえてくる声がうるさい。
威圧感をもってチラチラとこちらを見ているクラスメイトに視線を投げかけると、一斉に目を逸らされる。

朝、御堂筋が教室に入ってからずっとこの調子だ。

見慣れるまで暫くこの状況が続くだろうが、別に御堂筋としてはどうということはなかった。
うるさいと思えば、今したように睨みつければすぐに黙る。

そうこうしているうちに担任教師が教室へ入って来た。
御堂筋を見てぎょっとした顔をするも、いつものようにホームルームが開始される。

午前中は何事もなく過ぎ、(もちろん、クラスメイトが御堂筋をチラチラと見て笑ったり、他クラスからわざわざ話を聞きつけて御堂筋を見に来る馬鹿がいるのはいつもと違う光景だったが)担任から呼び出しはされたものの、入学以来の好成績や素行の良さの積み重ねのお陰で、お咎めなしということに収まった。

昼休みのチャイムが鳴ると、御堂筋はお弁当の袋を持ってフラリと立ち上がった。
今日もあの階段で昼を食べる予定だ。



「み、御堂筋くん」
「おん」

後ろから声を掛けられて、唐揚げを頬張ったまま振り返ると困惑した表情の名前が立っていた。

「ど、どうしたの。その髪」
「ただの気分転換や。別にィ意味はない」

唐揚げを噛み砕いて飲み込むと、次は卵焼きを口に放り込む。

「御堂筋くんって…あんまり目立ちたくないのかと思ってた」
「目立ちたくはないな」
「いや、そのモヒカンで、目立ちたくないって…。言ってることの矛盾がすごいんだけど」

そう言われてしまうと返答に困るな。

うーんと考えながら御堂筋は宙を見る。

「前にキミィが言うてたから」
「え?」
「ほら、あのバンドのボーカルに似てるて」
「うん?…あ、あぁ…」
「そやから、同じ髪型にしてみたんやよ」

似てる?と御堂筋が首を傾げると、きょとんとした後名前は盛大に吹き出した。

「似てる似てる。ハハ。似合ってるよ。かっこいい」

そらドーモ、と返して、御堂筋はとりあえず話を逸らせたことに安堵する。

彼女へ向いていた注目を自分に向けるために、トリッキーな髪型にしたなんて口が裂けても言えない。
それにやってみて思ったが、案外気に入っている。
本当に気分転換にはなっているのだ。

こっそり笑みを作る御堂筋に気づくはずもなく、名前は御堂筋の横に座ってお昼を広げた。

「でも、御堂筋くんの衝撃で皆も私のことは忘れてくれたみたい」

ありがとね、と名前に微笑みかけられて、御堂筋はぐっと息を飲む。

どこまで分かって言うてるんや、コイツ。

跳ねる心臓を無理やり押さえながら、そら良かったね、と返すのがやっとだった。





fin