あの娘に会いに(1/3)
12月も下旬に差し掛かろうとしている。
あと数日で冬休みがやってくる。
「もう今年も終わるねぇ」
「ほやね」
寒そうに肩を竦めて隣に立つ御堂筋くんを見上げる。
成長期なのだろうか、また背が伸びた気がする。
「進路決めた?」
「ボクゥは理系」
「そっかぁ、私は文系かなぁ」
進学校の京都伏見は、2年になれば大学受験に向けてクラスが文系と理系に分かれる。
御堂筋くんは学年トップの成績を常にキープしているエリートなので、どちらに進んでもいいのだろうけど理系クラスはどちらかというと国公立大を目指す人が多い。
御堂筋くんくらいの人なら、特待で行けてしまうのではないかと思う。
対して私は興味のもてない学科以外はパッとしない成績なので、学年の中間地点をウロウロしている。
これで元々興味のない理系などやろうものなら、成績は更に落ち込むに決まっているから、選択肢として理系はあり得ない。
そんなことを考えてため息を吐く。
クラス離れちゃうね、と言うと、べェつにィ今までと変わらんわ、と相変わらず面倒そうな顔で御堂筋くんが呟くように言った。
今日は今年最後の委員会活動日。
例の一番面倒な中庭の掃除を命じられて、2人で箒を動かしている
最初に押し付けられて以降、中庭が私の担当区域になっていたところに御堂筋くんが手を挙げてくれ、一緒にやってくれることになったのだ。
御堂筋くんの役割はお花への水やりだったから、秋、冬はやることがないので、ということらしい。
あまり興味を持ってなかったから意識してなかったけど、御堂筋くんがお花の水やり係だっというのはかなり面白い。
チューリップにじょうろでお水をあげている御堂筋くんを想像して、こっそり覗いて見とけばよかったと少しばかり後悔している。
いらぬ想像をして思わず笑っていると、なんやの?と呆れ顔で見られて慌てて思考を断ち切った。
黙々と箒を動かしていると今までのことが色々と浮かんでは消えていく。
その延長で、そういえばほんの数ヶ月前だったな、とふと思い出す。
この場所で、鳴子に再会し光太郎先輩と友達になったのは、ほんの少し前の話だ。
人の状況って目まぐるしく変わっていくんだな、と改めて実感する。
良い変化も悪い変化も等しく、突然いつもやってくるものだ。
「なァ」
「んー?」
「キミィ、ナルコォさん?と知り合いなん?」
つい今しがた思い出していた人物の名前が、予想だにしなかった相手の口から出たことに驚いて目を開いた。
なんで御堂筋くんが鳴子のことを知っているのか。
でも、ナルコさん?と疑問形なのは、直接の知り合いではないということなのだろうか、と頭の中を推測がグルグルと駆け巡る。
「知り合いというか…友達?」
なんで疑問形なん、と訝しげに聞いてくる御堂筋くんに、いやだって友達ってどうなったら友達なのかわからなくて、と言うと納得したような表情に変わる。
「あァ、そォいうこと」
聞きたいことは聞いたということなのか、御堂筋くんはそれだけ言って何事もなかったかのように背を向けて掃除を再開した。
いや1人だけ納得されても、私は意味がわからないのだけれど。
「え、ちょっと待ってよ、なんでそんなこと聞いてくるの?」
「ファー?」
思わず御堂筋くんの制服の裾を引っ張ると、なんや?と言いたげな目で私を見下ろしてきた。
「気になるじゃん、なんで鳴子のこと知ってるの?」
「なんでて、…」
御堂筋くんが数回瞼を開けたり閉じたりして、一瞬間があく。
そのまま明らかに不自然に視線がどこかへ泳いでいった。
御堂筋くんにしては珍しい反応だ。
「たまたまや」
いや、そんなものすごい確率の偶々があってたまるか。
頭の中でツッコミをいれて尚も食い下がったが、うるさい、の一言で片付けられてしまい、その後は何を聞いても無視されてしまった。
「名前、御堂筋」
「光太郎先輩」
集めた落ち葉を袋の中に詰めていると、柔らかい声が聞こえて振り返る。
光太郎先輩がふんわりと柔らかい笑みを浮かべて近寄ってきているところだった。
しゃがんだままの御堂筋くんがチッと舌打ちをしたけれど、光太郎先輩はお構いなしだ。
きっと慣れているんだろう。
「委員会か?」
「はい」
偉いなぁと言いながら頭をポンポンと撫でられて、いつものことながらその近さに少し緊張してしまう。
光太郎先輩はそもそも人との距離感が近い人だが、仲良くなればなるほどに更に近くなった気がする。
基本的にある程度の距離感を保つ私には些か近すぎて、なんというか…照れる。
「…キモ」
ボソリと呟いた御堂筋くんが、気怠げに立ち上がって袋の口をきゅっと締めた。
「コレ、ほかしてくるわ」
「あ、待って私も」
「ほな、キミィはコレ持って。ボク用具持つから」
「はぁい」
渡されたゴミ袋は落ち葉が沢山つまっているけれど軽い。
きっと用具のほうが重たいから、御堂筋くんが持ってくれたのだろう。
実は彼は結構優しい。
じゃあ先輩また、と光太郎先輩に手を振ると、おう、と先輩も手を振り返して別方向へ歩いていった。
もうすぐ受験がやってくる。
先輩は結構な難関校を志望していて、最近は勉強漬けの毎日のようだ。
大変だなぁと他人事のように考えているが、2年後には我が身だ。
光太郎先輩も御堂筋くんも自分のやるべきことが明確に分かっている人達だから、私とは違う。
未だに何がしたいのかよく分からない私にとって、進路選択は気が重たいテーマだった。
「すごいなぁ」
「ハァ?」
「いや、先輩も御堂筋くんも、やりたいことが明確でしょ。進路とかさ。私はそういうのないもん」
いや、あったが無くなってしまった、という方が正しいか。
どちらにせよ、今からまた私は自力で何か目標を見つけていかないといけないのだ。
「…大体そんなモンちゃうの。
せやから皆とりあえず幅広く勉強して大学行って、やりたいこと時間かけて見つけていくんとちゃう」
そういうのモラトリアムていうんやよ、と御堂筋くんは前を見たまま言う。
私は御堂筋くんの言葉を聞いて、そうだねぇ、と気のない返事をした。
こういう会話をすると、御堂筋くんと私の間には大きな大きな隔たりがある気がしてちょっと虚しくなる。
彼と私は違うと分からされるような。
こんな感情に私がなるなんて思ってもみなかったな、と思う。
そう考えると、私がいかに陸上という狭い世界で胡座をかいていたのか思い知らされる。
結局のところ、私はたまたま色々な環境や人や身体に恵まれて人よりも跳べていたから、人と己を比べる必要がなかっただけなんだ。
それをまるで全て自分の力のように勘違いして、“人と自分を比べるものじゃない”なんて。
嫌われるわけだわ、と思う。
「まァ、そう焦らんでええんやないの。
まだボクら1年生やで」
辛気臭い顔を見兼ねたのか、御堂筋くんが珍しく優しげな声をかけてくれた。
そう、やっぱり彼は優しいのだ。
「うん、ありがと」
お礼を言って背の高い彼を見上げると、別に礼言われることやない、とそっぽを向かれてしまった。