あの娘に会いに(3/3)
「光太郎先輩」
「おぉ」
待ち合わせ場所に着くと、先輩が先に着いて私を待っていた。
名前を呼んで小走りに走っていくと、片手を挙げて先輩が微笑む。
「明けましておめでとうございます」
「おぅ、明けましておめでとう」
年始の挨拶を済ますと、ほな行こか、と先輩が先に歩き出して、私も横をついていく。
途中私の歩幅に合わせて歩くスピードを調整してくれたりなんかして、この人ほんとモテるだろうなと思ったりする。
「すいません、お待たせしちゃったんじゃないですか?」
「いや、俺も今来たとこやったから待ってへんよ」
大丈夫や、と言いながらにかっと笑う先輩の頬や鼻が赤い。
嘘がつけない人だよなぁ、と思うと申し訳なさもあるけど、少し笑ってしまった。
年末に先輩とした約束の初詣に来ている。
元旦は避けたといえど、三が日内はやはりまだ人出が多い。
地元のそう大きくない神社だと先輩は言っていたけれど、それでも出店が出たりしてお祭り騒ぎだ。
でもこの雰囲気は嫌いじゃない。
寒いので夏のお祭りのように賑やかすぎず、皆そこそこでのんびりと楽しんでいるような雰囲気が冬のお祭りのいいところだと思う。
「まずお参りしよか」
「はい」
先輩、絵馬書いたりします?と私が聞くと、そやなぁ今年は書いとこかなぁ、と先輩が笑いながら言う。
なんでもない会話をこうスムーズにできるのは、先輩の人柄のお陰だろうなと思う。
他人と休日を過ごして楽しいと思うなんて、何年ぶりだろう。
▽
あかん、張り切ってめちゃめちゃ早く着いてもうた…。
時計を見ると約束の時間まで30分以上時間がある。
携帯を眺めて時間を潰そうと、最後に名前と交わしたメッセージのやりとり画面を開く。
我ながら自然に誘えていると思う。
“石やん、初詣を口実にデートに誘うんは鉄板やで”
“そ、そないなこと言うたかて…”
“そのためにはまず、冬休みに入る前に連絡先聞き出すことや、ええな!”
“俺自信ないわ…”
“何言うてんねん!石やんらしくないなぁ!よっしゃまかしとき!俺が石やんの恋の作戦立てたるよ!”
数ヶ月前に井原と交わした会話を思い出す。
行けっ!石やんェーズ1や!と熱い指示を出していた井原は、あれは絶対に俺の動向を見て楽しんでいたと思う。
しかし、結局は半信半疑だった井原の作戦に乗っかったところ、こんなにうまくいってしまった。
連絡先をきく時はめちゃくちゃに緊張したが、今日この約束をとりつけるためのやりとりに至っては、ベッドに正座をして出来る限り自然の流れになるよう細心の注意を払ってやった。
その時の自分の情けない姿を思い出して苦笑するが、もう一度そのやりとりに目を落として今度は苦笑とは違う笑みで口元が緩んだ。
「光太郎先輩」
聞き慣れた声が聞こえて振り返ると、名前が小走りにこちらにやってきているところだった。
シンプルな黒のニットから白いシャツが少しのぞいて、ショート丈のダッフルコートにデニムと女の子にしては珍しいワークブーツを履いている。
髪を切ってから一層中性的な雰囲気が出ている彼女によく似合っている。
お洒落さんやなぁ、とその姿を見て、おぉとしか返せない自分が情けない。
今まで制服姿しか見たことがなかったから、私服のパンチ力がすごい。
あまりジロジロ見るのも、と思い、年始の挨拶を済ませて早々に歩き出すと急いで横を着いてくる名前をチラッとみる。
かわええ…。
歩幅が違うので一生懸命着いてこようとするその姿が可愛くて、つい口元が緩んでしまう。
あかんあかん、と慌てて口元を引き締めて歩幅を合わせると、待たせたんじゃないかと名前が謝ってきて、またそれがいじらしい。
ええ子やなぁと思いながら、待っていたことは言わずに笑って見せると、名前もクスクスと笑って、なんやこの幸せな時間!と心の中でガッツポーズをして、再度井原を拝んだ。
地元の神社といえど人は多い。
参拝するために並ぶ人の列に名前と2人で並ぶ。
じりじりと近づく拝殿を見上げながら、他愛のない話をする。
「やっぱり合格祈願ですか?」
「おん。名前は?」
「私は…うーん…じゃあ私も先輩の合格祈願しましょうか」
またそういう可愛いこと言う…。
口元に手をもっていって緩む口元を押さえた。
「俺のことはええよ…。自分の願い事ないんか?」
「うーん、ないんですよね…あ…」
「なんや、思いついたか?」
「私のことじゃないけど、」
御堂筋くんのことでもお願いしとこうかな、とふんわりと笑うその横顔を見る。
こんなふうに笑う子やったかな、と思うとチクリと胸に何かが刺さる。
「御堂筋くん神頼みなんてしなさそうだから、私が代わりに」
なんでそこで御堂筋が出てくるんや。
先程までの幸せな気分を侵すように、ズキズキと痛みが広がっていく。
「えらい仲良しさんなんやなぁ」
「仲良しというか…でも、あんなに削るみたいに頑張ってる姿見るとどうか実ってほしいなって思うじゃないですか」
先輩もそうなんじゃないですか、と名前に言われ、自分の浅ましい嫉妬心が情けなく思えてくる。
「せやな。よっしゃ、俺も自転車部のことお願いしよ」
「先輩は合格祈願しなきゃ、本末転倒じゃないですか。私が先輩の代わりに自転車部のことお願いしますよ」
御堂筋くん以外の自転車部の人のこと知らないですけど、と困った顔をする名前を見て思わず笑ってしまった。
「今日はありがとうございました。楽しかったです」
「こちらこそや。俺の気晴らしに付き合ってくれてありがとう」
「付き合うだなんて、そんな。私が行きたかったんですよ、先輩と初詣」
「そ、そうか」
名前の言葉に胸が高鳴って、顔が赤くなるのが分かる。
下を向くと名前が心配して俺の顔を覗き込もうとするから慌てて顔を背けたりして。
こういうやり取りを俺は一生忘れへんやろな、と未来のことを想像して切なくなる。
そう、数カ月後には卒業だ。
俺は京都を離れる。
お互いに手を振って別れる。
俺は気付かれないように、彼女が角を曲がって見えなくるまで見送った。
『おぉ!石やん、どうやった?』
「うん、楽しかったで」
初詣が終わったら連絡しろとしつこく念押しされていたから、井原に電話をかけて今日の感想を伝える。
『で、告白したんか?』
「せぇへんよ、そんなん」
『なんでやぁ。初詣誘って来てくれはって、ほんで楽しかった言うてたんなら、それもう脈アリやろ』
「うーん…そんなんちゃうと思うわ」
『石やん、その子のことになると消極的になるよな』
「消極的いうか…わかるんや、何となく」
彼女をいつの間にか見ていることが多くなっていた。
学校でもつい姿を探して見るようになって、そうしていると分かってしまうのだ。
それは多分、まだ彼女すら気づいていないことだと思うけれど。
「ええんや、俺は。あの子にとってええ先輩でおれれば、それで」
『石やん…』
「そや井原、お前今日今から暇か?ちょっと息抜きでもせぇへん?」
『ええでっ!石やん!』
声でかっ、と受話器越しに聞こえる井原の声に突っ込んで笑う。
俺は幸せモンや、と思う。
気のいい仲間がいて、好きやと思う子がいて、力のある後輩に支えられて、夢中になれるものがあって。
ええ1年間やったな、と高校最後の年を振り返って素直にそう思う。
fin