シャッターに熱(1/4)



待ち合わせは鳴子に指定された駅だった。
正月休み期間中だからか、人出はなかり多い。
そんな中、私は今土下座せんばかりの勢いで頭を下げられている。

「…すいませんでしたっ!」

行き交う人々の好奇の視線が痛い。

「や、ちょ、ホントもういいから…」

おずおずと顔をあげた、涙目のその子の顔をため息をついて見る。



待ち合わせ場所につくと鳴子が私を見つけて声を掛けてくれ、こちらも手を振って応じたところで、鳴子の後ろに見覚えのある顔が見えた。
どうしても話したいことがあるて無理やりついてきてな…、と困ったような顔で言う鳴子を押しのけて出てきた彼女は、あの日京都駅で私に啖呵を切ったあの子だった。
今度は何を言われるのかと身構えたところ、冒頭に繋がるわけである。


「私、苗字さんが怪我したって知らんくて…。
なんも知らんと失礼なこと言うて、ほんますいませんでした」

下を向いて今にも泣きそうな顔をしているその子を見ていると、そもそも怒っていたわけではないが、気の毒になってしまう。

「うん、わかったから。本当にもう気にしないで」
「すいません…」

ますます恐縮して俯いてしまう彼女に困って、鳴子に視線を送って助けを求めると苦笑で返された。

「もう、苗字も気にしてへんて言うてるんやから、あんたもあんまり引きずりなや」

もう、ええ?と鳴子が優しく声を掛けると、その子は身体を小さくして、はい、と小さく答えて、何度も振り返りながら頭を下げつつ去っていった。

「ほんまごめんね」
「いや、いいよ。気にしてないのは本当だし」
「悪い子やないねんけどなぁ」
「うん、わかるよ」

実はあの子は中3で私達の一つ下なのだと、鳴子が話す。
鳴子と私の記録の競い合いを見て、高跳びに転向したのだそうだ。
私が陸上界から消えて落ち込んでいたところに、久しぶりに見かけた私が随分と様変わりしていたことに面食らって、動揺を怒りに変換してしまったのだという。

「努力家でなぁ。うちらの練習に混ざってもついてこれるくらい跳べんねんで」

優しげに笑う鳴子を見ると、ちゃんと先輩やってるんだなぁと感心する。
きっと鳴子のことだから、ちゃんとあの子に丁寧に説明をして正しく怒ったのだろうなと思う。
それに。

「あの子ちょっと鳴子に似てたね」
「え?ほんま?あたし、あんななん?」

もうちょい周り見えとると思うんやけど…、と呟く鳴子に、いやいや周り見えてる人が急に他校に押しかけないでしょ、と突っ込むと、そ、それはもうええやん、と顔を赤くして慌てた。
そんな様子をみて思わず吹き出してしまう。

「…あんた、なんか雰囲気かわったなぁ」
「え?そう?」
「いや、ええ意味やで?なんか、柔らかくなった」
「そうかなぁ」

自分の変化はよく分からない。

「髪切ったから余計そう思うわ。
髪型は昔と同じになったけど、雰囲気だけがちゃうねん」

あたしは今のあんたの方がええと思うわ、と笑顔を向けてくる鳴子と目が合って、思わず照れて目を逸らしてしまった。

「ごめんけど、後でちょっと寄りたいとこあんねんけど寄ってもええ?」

視線を戻すと、鳴子が携帯を見て難しい顔をしている。

「いいよ」
「ありがとう。
じゃあ、とりあえず定番スポットから!」

ぱっと携帯から顔をあげて、楽しそうに電車に乗り込んだ鳴子の後に私も続く。

そう今日は1日大阪観光だ。
冬晴れの気持ちのいい休み。
カメラ(実はこの日に合わせてお年玉とお小遣いを前借りしてデジタル一眼を購入済みだ)も持ってきたし、履きなれた歩きやすい靴に、動きやすい服で準備万端だ。
リュックの紐をぎゅっと握って、初めての女友達との遠出に心を弾ませる。




「おぉ…」
「すごいやろ」

鳴子が横でドヤ!と得意気な顔をしてみせる。
私はそびえ立つ巨石を追って視線を上に上げた。

青空に生える白壁、薄緑の屋根瓦にキラキラと輝く黄金の色。

「さすが大阪城…」

圧巻の眺めに思わず呟いてしまうと、そうやろぉ、と鳴子が更に嬉しそうな顔をする。

「秀吉さんらしい派手さだよね」
「ね。中に入ると黄金の茶室もあるよ」
「え、見たい見たい、入ろう」

2人してパンフレットを覗き込んでテンションを上げた。


その後は私のリクエストで大阪で一番大きな美術館に行ったり、心斎橋を散歩したり、梅田で買い物をしたりとあっという間に半日が過ぎ去っていった。


「ランチにする?」
「ええね。でもがっつりやなくていいかも」
「じゃあ、軽く食べれるとこ…あ、もうそこでいいんじゃない」

近くにあったチェーンのコーヒーショップに立ち寄って、各々注文してやっと席に着く。
運良く窓際の席がひとつ空いていた。

「あぁー疲れたー」
「結構移動したよね」
「大阪生まれ大阪育ちやけど、国立美術館なんて初めて行ったわ」
「行かなそー」
「あ、なんやそれ、バカにしとるやろ」

軽口を叩き合いながらサンドイッチに齧り付く。
もっと緊張して気疲れするかなと思っていたが、案外気兼ねなくいられるもんだなと自分で自分に驚いた。
光太郎先輩といるときとはまた違った安心感がある。
鳴子がいつも人に囲まれている理由がよくわかる。

美味しそうにサンドイッチを頬張る鳴子から視線を外して、何気なく窓の外へ視線を向けた。
目に入ったのは眩しいくらいの、赤。

え?

思わず振り向いて、自分の向こう側に誰かいるか確認するが誰も窓の外に注目している人はいない。
視線だけチラッと窓にやると、鳴子に向かって派手な赤髪のジャージ姿の男の子がなにかジェスチャーしている。

「ねぇ…鳴子…」
「うん?」
「窓の外に、なんか変な人がいる…」

出来る限りそちらに注目しないように鳴子を真っ直ぐ見て伝えると、鳴子が窓の外に視線をやって一瞬ぎょっとした顔になった後、スッとそのまま私に向き合った。

「無視や」
「え、でも、なんか明らかにこっち見て手振ってるんだけど」
「面倒なことになるから、無視、無視」

そう言って鳴子は平然とアイスカフェラテのストローに口をつけた。

「なぁにが、無視や、オイコラ翔子」

急に上から振ってきた声に驚いて反射的に顔を上げると、先程まで窓にへばりついていた赤髪の男の子がいつの間にか店内に入ってきていて、私達の席の隣に立っていた。