シャッターに熱(2/4)



「苗字、目合わせたらアカンで。アホが感染る」
「カーッ!腹立つぅ!なんやねん、ひっさしぶりに会うたっちゅうのに」
「ちょ、何勝手に隣座ってんねん!」
「ええやろ、別に!」
「よくないわ!狭いねん!」
「そっちまだ余裕あるやろ、ボケェ!」

いつも聞き慣れている京都弁のおおらかなやりとりとは違う、大阪弁の猛烈なやりとりに唖然としていると、お、と赤髪の男の子の視線が私に向く。

「ジブン、噂の名前ちゃん、やんけ!」
「え」

突然見知らぬ男の子に名前を呼ばれて戸惑うが、そんなこともお構いなくその賑やかな彼はニカッと大きく笑ってみせた。

「ワイは鳴子章吉や、よろしゅうしてや」
「あ、よ、よろしく?」

つられてよくわからないまま挨拶を返して、はたと気がつく。

「鳴子…って」
「コイツの従兄弟やねん」

笑顔のまま隣で不機嫌そうにしている鳴子を指差している。
鳴子がペキとその指を折って、ぎゃあ!とその男の子が悶えた。

「前に話したやろ、あんたのこと探しとる子と同じ高校に従兄弟がおるて」
「あぁ…俊輔の…」

鳴子の言葉を聞いて思い出す。
いまだに俊輔が私を忘れていないこと。
でも、もう私は。

「大丈夫やで!スカシには何も言うてへんし」
「スカシ?」
「今泉のことや」
「…俊輔、スカシってあだ名つけられてんの?」
「おぅ、他にもエリートとか呼ばれたりしてるで」

あの俊輔が?!と驚いた後、変なあだ名で呼ばれて釈然としない表情している俊輔が容易に想像できて思わず吹き出してしまう。
暫く笑いが収まらず、2人から怪訝そうに見られてしまった。

「ご、ごめん。あまりにイメージがなくて…」

話を聞いていると仲良くしてそうだし、俊輔も変わったんだなぁと心の中で思う。

「しかし、こんなとこで、あの名前ちゃんに会えるとはな」

笑いすぎて出てきた涙を拭っている私を見て彼が言った。
その言い振りに疑問を持つ。

「あのさ、さっきから、噂の、とか、あの、とかどういう意味?」

あぁスマン変な意味やないねん、とさっきまで元気の良かった彼が困ったように笑った。

元々従兄弟である鳴子がライバル宣言していたことから私のことは中学の頃から知っていたらしい。
その後私が突然いなくなり必死になって探す鳴子に協力したのも彼で、彼が鳴子と俊輔を引き合わせたのだという。

「ワイの口から名前ちゃんの名前が出た時のスカシの驚きよういうたら」

そう言ってその時のことを思い出したのか、クスクスと笑った。

「そうだったんだ…」
「スカシ、名前ちゃんのことずっと探しとるで」
「うん…。でも会わないほうがいいかな」
「なんで?」
「なんでって…」

真っ直ぐな目が私を捕らえる。

俊輔には私を忘れて欲しいと思ってる。
でも、本当にそれだけ?

「もう、ええやん、苗字が会わんて言うてるんやから。
なんにせよ、今はタイミングやないってことやろ」

鳴子が助け舟を出してくれて、私は内心ほっとする。

「ちゅうか、章吉あんた、さっきから名前ちゃん、名前ちゃんて馴れ馴れしいんちゃう」
「そうか?なんか今まで“通称名前ちゃん”みたいな感じで呼んでたから、ついそう呼んでまうわ」

嫌か?と聞かれ、あ、いや別にいいけど、と返すと鳴子が、甘やかしたら調子のるで、と真面目な顔で忠告してくる。

「お前らはお互い苗字で呼び合っとるんやな」
「選手同士やと基本苗字呼びやしなぁ。特に他校やと」
「じゃあ、名前ちゃんがワイら呼ぶの困るやん。そや、ワイのことは章吉て呼べばええわ」
「なに、あんたどさくさ紛れてキモいこと言うてんの」
「うーわ、そのキモい言うのやめてくれへん。嫌なヤツ思い出すから」

翔子も章吉て呼んどるしな、と楽しそうな笑顔で私に向き合った。

「えーと、じゃあ…章吉くん?」
「おぉーええやんええやん」

カッカッカッと高らかに笑う章吉くんの横で鳴子が、キモ、と呟くと、だからそれやめろて、と章吉くんが突っ込んだ。



「あかん、長居し過ぎた。ワイそろそろ行くわ」

トレーを持って章吉くんが立ち上がって、鳴子を見下ろす。

「結局来るんか?草レース」
「気が向いたら」

素っ気なく返す鳴子に、なんやねん冷たいやっちゃなぁ、と言ったあと、じゃと手をあげて颯爽と去っていく後ろ姿を見送る。


「ねぇ、朝言ってた寄りたいとこって、」
「…まぁ暇つぶしにはええかなって」

残りのアイスカフェオレを飲み干して、鳴子が答えた。

「なによ、ニヤニヤして」
「いや、章吉くんには珍しく素直じゃないなぁって」

うっさいなぁ、と言って頬杖をついた鳴子の横顔を見て、私はまた少し笑ってしまう。

「章吉くん良い子だね」
「ただのアホやわ」

少し考えた後、まぁでも優しいかもね、とポツリと付け加える。

「章吉とは従兄弟同士やけど、うち、再婚でな。
あたしお母さんの連れ子やから、鳴子の血筋との繋がりはないねん」
「そうなんだ」
「そんな深刻な話やないねんけど、まぁそら色々なくはないし。
周りとあたしらの間色々調整したり、気を遣わせんように接してくれたのは章吉やったかなぁ」

あいつそういう気遣いはできるから、と鳴子が微笑んだ。

「せやから、今泉くんのことは心配せんでも、章吉は言うたりせんから、安心してな」

私の一瞬の不安を汲み取って心配ないと根拠を示してくれる鳴子は、本当に。

「優しいなぁ」
「そやろ」

自分のことを言われていると気付かない彼女は、章吉くんのことを言われたと思って微笑んでいる。
まぁそれはそれでいいか、と私も何も言わずに笑って、残りのカフェラテを飲み干した。