シャッターに熱(4/4)



「そろそろ来るで!最後の周回や!」
「京伏エース御堂筋と総北スプリンター鳴子か!すごいカードやな」

通りすがりにそんな会話が聞こえて、思わず足を止める。

やっぱり、御堂筋くんだ。御堂筋くんと章吉くんが走ってるんだ。

姿が見えなくてもわかるほどのプレッシャー。
迫ってくるのがわかる。
思わずカメラをギュッと握った。

「きたっ!」

誰かの声が聞こえて、その場にいる人が視線を向けた方向を見る。
曲がり角を曲がってくる、自転車の先が見えた。
前を走ってるのは。

「御堂筋くん!」

そのすぐ後ろを苦しげな表情を浮かべて章吉くんが追う。

一瞬だった。
目の前を物凄いスピードで2人が走り去っていく。
気がついたら私は無我夢中でシャッターを切っていた。




「鳴子」
「苗字…章吉が」
「うん、私も別の所で見てた」

そっか、と鳴子が俯く。

章吉くんにとって大きな物を賭けたレースだったらしい。
勝者は御堂筋くん。
章吉くんのプライドはきっとズタズタだろう。

「鳴子、章吉くんと帰ってあげなよ」
「でも…」
「今声掛けなくても、帰り道傍にいてあげるくらいはしてもいいんじゃないかな」

私は大丈夫。1人で帰れるから、と言うと、ありがと、と苦しそうに言って鳴子が走っていく。
鳴子なら章吉くんの傍に上手く居られるだろうと思う。
走っていく鳴子の姿を見送って、さてじゃあ帰ろうかな、と携帯で時間を確認してその場を後にしようと歩き出した時だった。

「…名前か?」
「え…、光太郎先輩!」

急に呼ばれた名前に驚いて振り返ると、やっぱりそこで目を丸くしている光太郎先輩が立っていた。

「なんで、こんなとこにおるん?」
「いや、友達の従兄弟がここで走ってるっていうんで見に来て」
「もしかして、鳴子くんか?」
「そうです」

先輩は?と聞くと、俺は御堂筋の付き添いでな、と頬を引っ掻きながら光太郎先輩が言う。

「てことは、あの子も来とるんか」
「鳴子ですか?」
「うん?あぁ、そうそう鳴子翔子」

光太郎先輩から鳴子のフルネームが出てきて私は驚いて目を見開く。

「あの…なんで先輩が鳴子のこと知ってるんですか?」
「あぁ…」

ちょっと座らへん?と言って芝生に腰掛け、光太郎先輩が微笑んだ。
私が隣に座るのを見て、実はな、と光太郎先輩が話し出す。
鳴子が押しかけてきた時に実はその様子を御堂筋くんと一緒に見てしまったこと、妹さんが高跳びをやっていて鳴子のことを知っていたことを話してくれた。

「うわ…あれ見てたんですか…恥ずかし…」
「すまんなぁ、黙ってて。なんや言うタイミングもなくてな。
それに、もしなんや、そういう関係やったらとか考えると、なんか言い出せへんくて」
「そういう関係って…えぇ?!」
「あ、いや、多分ちゃうやろなとは思っててんけど」

少し考えてとんでもない勘違いに驚愕する私に、慌てて光太郎先輩が訂正を入れる。
そして御堂筋くんが冬休み前の中庭掃除の時、珍しく私に探るような質問をしてきたことを思い出す。
あれはそういう意味の…、と思うと顔が熱くなるのを感じた。

「ほんと、違うんで…それとなく御堂筋くんにも訂正してもらえません…?」

別に偏見があるわけじゃないけど、違うものは違う。
お、おぅ…と光太郎先輩が困ったように視線を逸らした。

「まぁ、そんなことはええんや。それより御堂筋のレースは見たか?」

気まずさに耐えかねたのだろう先輩が急に話を替える。

「はい、最後の周回だけ」
「鳴子くんは惜しかったなぁ」
「ゴールの瞬間見れてないけど、そうだったんですね」
「うん。2人ともええ走りしとった。御堂筋も一皮向けたみたいやし」

先輩が遠くを見て、私はカメラに視線を落とす。

凄かった。
鳥肌がたって、その一瞬を収めたいと思った。
その削り合いの、緊張やプライドやプレッシャーを切り取りたいと思わずシャッターを切った。
空気感全てを切り取って持って帰りたいと。
あんなことは初めてだった。
ぎゅうとカメラを握ると、興奮がまた戻ってくる。

「御堂筋に会うていくか?」
「え」

急な提案に心臓がドクリと脈打つ。

「レース見て感動したんやろ?」

そういう顔してるわ、と光太郎先輩が可笑しそうに笑った。







結局、あの後御堂筋くんには会わずに帰った。

“ほんまに会わんでええんか?御堂筋喜ぶと思うで”
“先輩本気でそう思います?”
“いや、顔や態度には出さへんと思うけど、心の中ではきっと…”
“いやぁ、どうですかね。とにかく今日は帰ります”

家に帰ってベッドに倒れ込んで、別れ際の先輩との会話を思い出す。

私が会いに行って、おめでとう、なり、凄かったね、なり薄っぺらい感想を伝えることで御堂筋くんが喜ぶとは到底思えなかった。
起き上がって腕を伸ばしてカメラを引き寄せて、何枚か撮ったレースの写真の一枚目を画面に表示させて見る。

「えぇ?!ひどっ!」

やたら滅多にシャッターを切ったものだから、ブレていたり、ピンとが合っていなかったり、人の頭が写り込んでいたりと酷い写真だ。

「うわぁ…」

なんだこれ、と思いながら次々に表示していく。
まともな写真が一枚もないな、と苦笑して次の写真へいくボタンを押す。

「あ、」

たった一枚だけ、偶然まともに撮れていた写真があった。
鮮やかな紫、光るグレーの車体、活き活きと躍動する肉体に、真っ直ぐに前を見つめる瞳。
その後ろで苦悶の表情を浮かべて、歯を食いしばっている表情が熱い。

これは、と目を見張ってその写真を見つめた。
お腹の底からジワジワと興奮が迫り上がってくる。

「すごい…」

自分で自分の写真にこんな気持ちになれるなんて、と息を吐いてまたベッドに寝転んだ。



〜♪

ガバっと起き上がってけたたましい着信音を鳴り響かせる携帯を手に取った。
画面を確認すると、見慣れない番号が表示されている。
出ようか出まいか逡巡するが、迷った挙げ句結局通話ボタンを押した。

「はい…?」
「御堂筋やけど」
「…」

苗字さん?と携帯から聞こえる声に言葉を失う。

「オイ、無視すんなや」
「…あ、あぁ、ごめん、驚いて」

御堂筋くんだ。
ちょっと掠れてるけど耳に心地良いこの声は、紛れもなく。

「石垣クンに番号聞いた」
「そう、なんだ」
「あ?なんや、石垣クンからボクゥに番号教えたて聞いてへんの?」

急に知らん番号からかかってきたらびっくりしはるからボクの番号も教えとけ言うたんやけど、と至極真っ当なことを御堂筋くんが言う。

「あ、ごめん、もしかたらメッセージきてたかもだけど、見てなくて」
「ハァ?ほんなら、キミィ、知らん番号にホイホイ出たてこと?アホちゃうん」

やっぱりキミの危機管理能力はどうかしとるわ、と怒られてしまう。

「キミ、なんや変なとこ抜けとるよね」
「う…すいません」
「ボクに謝ってもどうもならんのやから、自分で気ィつけやァ」

電話越しに聞こえるため息に私もため息を吐くと、なんでキミにため息つかれなあかんのやと、不機嫌な声を出されて返す言葉もなく、沈黙が流れる。

「…今日、大阪来てたんやろ」

石垣クンに聞いたわ、と御堂筋くんがポツリと言う。

「うん…」
「まぁ、気ィ付いとったけどな」

平然と言ってのける御堂筋くんの言葉に、自然と目を見開く。

「え?」
「あないに大声で名前呼ばれたらイヤでも耳に入るわ」

あ、と馬鹿みたいな声を出して、思わずあの時叫んだことを思い出した。
顔に熱が集中して、何も言えなくなってしまう。
気づかれていた、そう思うと穴に入ってしまいたいくらい恥ずかしい。

「写真撮ってたやろ」
「うん」
「その写真欲しいんやけど」
「え、なんで?」
「別に、ええやろなんでも」

急な依頼に私も戸惑ってしまう。

「いや、でも、見せられるような写真じゃ…」
「一枚も?」
「え、う…」
「ほな、よろしく」

そう一方的に言って電話は切れてしまった。
なんだったのか今の電話は、と呆然とした後、慌ててカメラのSDカードを抜き取ってパソコンに差し込む。
編集で少しでもマシな写真にしなければと、写真を表示させた。

fin