シャッターに熱(3/4)



「ほんなら、あたしらも行こか」
「うん」

2杯目のカフェラテを飲み終えて、鳴子が荷物を片付けはじめ私もそれに続く。

「レース場?があるの?」
「いや、そんなレースするための場所やなくて、普通の道やねんけど」

埋立地で建物を中心にして道があるというだけの場所があり、その道を周回するのがロードレーサーのお決まりのコースとなっているのだそうだ。
周囲も車の往来が少なく走りやすい道らしい。

「へぇ、そんなとこがあるんだ」
「海の近くで気持ちのええとこやし、苗字も写真撮ったり楽しめると思うよ」

そうなんだ、と頷いてそういえば海なんて久しく行ってないなと考える。
ちょうど新しいカメラも試してみたかったし、風景写真だと対象が動かないので色々と試しながら撮りやすいし、と俄然そこに行ってみたい気持ちが湧く。

「行こう、行こう」
「どないしたん、急に」

先に歩いて、早く、と呼ぶ私に鳴子が笑いながら着いてきた。




「いっぱいいる」
「あたしも久しぶりに来たわ」

こんな場所にレースできるようなところがあるのか…?と思ったところに、ぽっかりとその場所はあった。
サイクルジャージにレーパン姿で自転車を押す人たちがそこかしこに散らばっている。

この感じ、あの時の大会に少し似てる。

なんだかよく分からない高揚感と、ピリピリとした緊張感が最後に行ったロードレースの大会を思い出させた。

「ロード自体にあんまり興味ないけど、この空気感は好きやわ」

鳴子が目を細めて遠くを見る。
多分、章吉くんを探してるんだろうなと思う。

遠くに目立つ赤髪を見つけて手を振ると嬉しそうに、章吉くんが近寄ってきた。

「おぅ、翔子来たか」

名前ちゃんも応援おおきに、と大きく章吉くんが笑う。

「誰も応援しに来てへんわ」
「カー、可愛げないヤツやなぁ」
「暇つぶしに来ただけや。感謝しいや」
「ハイハイ、ありがとうございますぅ」

まぁ、暇つぶしでもなんでもギャラリーが多いことに越したことはないわ、と勇ましく章吉くんが言う。

「ほな、俺行くわ」
「がんばってね」
「おう!」

ニカッと笑って自転車に飛び乗ると、章吉くんは走り去っていった。
爽やかだなぁとその姿を見送る。

「あたしはここで観戦するけど、あんたどうする?」
「私はちょっと歩いてくる。写真色々撮りたいし」

リュックからカメラを取り出して持ち上げて見せると、そう、と頷く鳴子と別れて私はその場を後にした。


海風が肌に冷たい。
かじかむ指を開いたり閉じたりして動かす。
しばらく歩くと海が見えて、遠くに街が浮いているように見えた。
今日は綺麗に澄んだ冬の青空で、海もその色を写している。

青が綺麗だなぁ、やっぱりフィルムカメラも持ってきとけばよかった、と心の中でため息をつきながら、カメラの設定をいじる。

フィルム独特の青が好きだ。
風景は別にフィルムカメラでもいいものが撮れる。
デジタルカメラを買ったのは、今までと違う景色が見れるかもと思ったからだ。
もしかしたら人を撮りたくなるかもしれないし、とも。
動きがある人を撮るのは、その都度見返せるデジタルカメラのほうが写真初心者の私には都合が良い。
フィルムだとどうしてもその場で出来上がりを確認できないから、色々な調整がしにくいのだ。

海に向かってシャッターを切る。
小さな画面ですぐに今撮ったものを確認する。

「うーん、やっぱり青はフィルムだな」

独り言を言って、柵にもたれかかった。
ぼぅっと海を眺めて潮の香りを吸い込む。
離れたところから歓声が聞こえてきて、レースが盛り上がってるんだろうなとぼんやり考える。
そういえば、総北高校って去年のインハイで優勝したんだっけと、鳴子から聞いたことを思い出した。
章吉くんはその優勝校のメンバーだしさぞ早いんだろうな、と考えると、やっぱり俊輔のことが頭を過って、章吉くんから真っ直ぐ投げかけられた、なんで?の問いを考える。

会えないわけじゃないんだ。
でも、今は自信がない。
これは私の問題で、俊輔に私を忘れてほしいなんてそんなの言い訳。
きっと今キラキラ輝く俊輔に会うのが、苦しいから。
あの頃、俊輔の隣にいた時の私じゃない自分が情けなくなってしまいそうだから。
今はまだ。

暫くそのままそこにいたが段々と寒くなってきて、ふと振り返るとコンビニが見える。
温かい飲みものでも買って戻ろうかな、とノロノロとコンビニ向かって歩き出した。

いくら御堂筋くんに吐き出して楽になったからといったって、心優しい友達ができたとしたって、私自身や状況が変わるわけじゃない。
一進一退だなぁとため息をつきながら、コンビニに入って飲み物コーナーで自分と鳴子の分の飲み物を選ぶ。


「おぉ、なんか今熱いことになってるらしいで」
「え、なに?」
「なんや去年インハイ優勝校の総北と京伏のエースが走っとるらしい」
「マジ?!はよ、戻ろうや」

聞き馴染みのある校名に、え?と後ろを振り返る。
背後で明らかに自転車乗りの格好をした男の子2人が会計を済ませて出ていこうとしているところだった。
私も慌ててその後を追って店を出て、京伏って言ったよね、と思いながら急いで彼らが向かう先と同じ方向に走り出した。