桜の頃(2/2)
式典が終わり、光太郎先輩に指定された場所に向かう。
試すって言ったって…。
ヒラヒラと舞う桜の木を見上げながら歩く。
私はただ、先輩に言われた通りの待ち合わせ場所に行くだけでいいらしい。
場所は先輩と初めて会ったあの中庭。
生徒は皆それぞれに卒業の別れを惜しむため講堂に集まっていて、校内に人は疎らだ。
当然、中庭付近なんて誰も人はいない。
人気のない場所を通り過ぎて中庭に到着する。
先輩はまだ来ていない。
懐かしいな。
目を細めて初めて先輩に会った日のことを思い出す。
鬱屈とした気持ちとか、悲しみとか、色々な感情を押し殺して俯いていた時、先輩は優しく友達として傍にいてくれた。
何も話してないから先輩は何も知らないけど、自然に傍にいてくれる優しさが暖かくて、つい甘えてしまったこともあった。
素直に、先輩がいなくなるのは寂しいなと思う。
「名前」
すまん、遅くなった、と声が聞こえて、振り返ると先輩が走ってきているところだった。
「わー、先輩すごい。ボタンが…」
ボタンがなくなって前が開いた制服がヒラヒラと風に靡いている。
「なんか、気ぃついたらなくなってた」
ハハハ、と光太郎先輩が照れ臭そうに笑って頬を引っ掻く。
あぁこの仕草、と私は先輩を見つめて思う。
光太郎先輩が嬉しい時とか、照れた時にする癖。
先輩だけど、ちょっと幼くなるこの仕草を見るのが私は好きだった。
「光太郎先輩」
「ん?」
なんや?と私を真っ直ぐ見返してくる視線がくすぐったい。
「1年間、ありがとうございました」
「お、いやいや、こちらこそ」
私が頭を下げると、光太郎先輩も慌てて頭を下げて、その後2人で同時に顔を上げて笑ってしまった。
「はい。卒業おめでとうございます」
「おお、なんかすまんなぁ、こんな気ぃ遣わせてしもて」
いえいえいいんですよ、と言いながら小さな包みをプレゼントすると、嬉しそうに光太郎先輩が受け取る。
開けてもええ?とワクワクした顔で聞いてくるから、どうぞ、と言うと早速その場で包みをほどいていく様子を見て、私はまた笑ってしまう。
「これ…」
「京伏カラーで紫にしてみました」
選んだのはネーム入りの3色ボールペン。
そして、もう1つは。
「…綺麗やなぁ」
「いい写真でしょう?」
光太郎先輩がこの上なく優しい顔で呟いて、私も嬉しくてその手の中の物を一緒に覗き込む。
先輩にあげるために、散策してフィルムカメラで撮影して来た満開の桜並木の写真だ。
勿論、裏に感謝のメッセージを添えて。
「名前、俺も渡したい物があるんや」
ふと顔をあげると、私より少し背の高い光太郎先輩の笑顔が思ったより近くにあってドキリとする。
「手、貸してくれるか?」
「は、はい」
おずおずと手を差し出すと先輩の大きな手が私の手の平を開かせて、その上にポトリと小さな塊が乗せられた。
「これって…」
「実はな、1個だけとっといたんや」
記念やと思って貰っといて、そう言って頬を引っ掻いて笑う先輩の顔を見て、再び手の中に視線を落とす。
私の手の中で、小さな制服のボタンがころりと転がった。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
たどたどしい私のお礼の言葉にも、先輩は柔らかく答えてにこりと笑った。
「ほな、俺もう行くわ。部の奴ら待たしとるから」
「あ、はい」
「あともう1つ」
先輩が近づいてきて、視界が遮られる。
「せん…ぱい?」
「…これは、友達としてのハグやから」
ほんの一瞬だった。
先輩の体温に全身で触れて、耳元で囁かれた言葉を聞く。
熱い、そう感じた瞬間、グイっと強引に引き離されて熱がほどけた。
何が何だか訳がわかっていない私を後目に、先輩はパッと離れて一瞬私の背後を見て微笑んだ後、ほなな、と手を降って走り去っていってしまった。
掴まれた肩の手を見てその先を目で辿る。
「み、御堂筋くん」
「キミィはほんまに隙だらけやなァ」
もうちょっと緊張感もって生きられへんの?と、不機嫌そうに眉を寄せて、私を見下ろす表情は昨日と同じ。
「み、み、見て…」
「アホ、ボケェ、キモォ」
肩に置かれていた手が離れて、ゴンと拳で頭を叩かれた。
「いったい!」
「ボーッとしとるからや」
喝入ったやろ、と意地悪く笑ってふらりと離れていく御堂筋くんの背中を追う。
「なんで、こんなことにいたの?」
「…嵌められた」
ほんまキモいわザクが、とボソッと御堂筋くんが呟いて顔を顰める。
「大体なァ、キミィがホイホイ石垣クンなんかについて行くからあかんのや」
「いや、だから、先輩に挨拶するって言ってたじゃん」
「キミィと石垣クンの挨拶はあないに密着するもんなん?」
「…だっ…!そっ…!」
「ただのお友達ィやのに、キミらはアメリカ人か」
「だっていきなり…!私だってびっくりしたんだから」
「人気ないとこに呼び出されて、ボサっとしとるからあないなことになんねん、ボケ」
「私が悪いの?!」
悪い、と仏頂面のまま真っ直ぐ前を見て言い切る御堂筋くんの横顔を、釈然としない気持ちで見つめて、ふと昨日の先輩の台詞を思い出す。
―ヤキモチやな。
この不機嫌はやっぱりそういうことなんだろうか。
でも、私にはどうもそれはピンとこなくて、ヤキモチというよりは。
「…大丈夫だよ」
「ファ?」
御堂筋くんがパカと口をあけて私を見下ろす。
私は歩みを止めて、その瞳の中に映る私の像を見つめた。
「安心していいから」
御堂筋くんのことは相変わらずよく分からないし、自分が御堂筋くんの気持ちを感じ取れてるとも思わないけれど。
私はただ、いつもこんなに取り乱さない御堂筋くんがこんなふうにいっぱいいっぱいになってしまって、訳の分からない気持ちに不安になってしまったんじゃないかと思って。
不安にならなくていいよって、伝えたかった。
「…なんやの、ほんま」
意味わからん、と開いていた口をキュッと閉じて御堂筋くんの表情が歪んで、それから舌打ちをする。
その一連の動作を確認して歩みを進めて、御堂筋くんを追い越す。
「いいよ分かんなくて。私も御堂筋くん分かんないし」
あ、すっきりした。
自分で口に出してみた言葉が、ストンと落ちてくる。
考えてみれば相手のことが分かるなんて自惚れだ。
私は想像することしかできない。
でも、分かりたいと願って、想像して、それでも分からなくて、また分かりたくなる存在って、なんて。
「大切だなぁ」
私の呟きは風にかき消されて、きっと御堂筋くんには届いていないけど。
直接伝える日がくるかも、分からないけれど。
今は、このままで。
fin