会遇(2/2)



「結局図書委員にしたん?」
「うん」

委員会活動へ移動しながらクラスメイトと話す。
話しかけてきた彼女は、私は楽な広報委員。部活あるし、と怠そうに言って腕を伸ばす。
彼女は演劇部で衣装担当らしい。
ここのところ夏の公演に向けて準備中らしく徹夜での作業が続いていると言っていた。

「部活大変みたいだね」
「うーん。まぁでも好きなことやしね」

照れくさそうに笑う彼女の横顔を見て、単純にいいなぁと思う。

「名前ちゃんは部活とかせんでええの?」
「私はいいかなぁ」
「ふーん。実は演劇部はかっこいい女子募集中やけど」
「いや、いいですわ」
「ちぇー」

ていうかなにその変な訛り、と言われ思わず2人して吹き出す。

「じゃ、私図書館だから」
「うん、また明日ねぇ」

手を振り合って、私は図書館へ足を進めた。

京都伏見高の図書館は、所謂図書室のような小ぢんまりしたものではなく、別館として図書館がしっかりあり蔵書数も高校の図書館にしては多いと思う。
私はここの図書館が好きだ。
別館だから、本校舎の方の騒がしさからは隔離されていて静かだし、図書館独特のひんやりとした空気感とか、むぅと立ち込める紙の匂いとか、ここに来ると気持ちがストンと落ち着いていく気がする。

図書委員の集まりに指定された視聴覚室に足を踏み入れると、数人の生徒が集まっていた。
私は一番後の席に着いて窓の外を眺める。

あ。

見慣れた長身と、冬より随分伸びた黒髪が風に揺れる。

御堂筋くんだ。

数週間前までの距離が嘘みたい、とその後姿を見送って机にうつ伏せた。
今はもうこうやって図書室の隅の部屋の窓から眺めることくらいしかできない。
連絡先も知ってるんだから、と思うけど、どう連絡したらいいのか分からずにできないままでいる。
直接話したって分からないのに、離れてしまってからは特に、何が彼の気に触って何が許されるのか尚の事分からない。
朝、夕の登下校時に一緒になることもここのところはなくなった。
春以降インターハイに向けて忙しくなっていくと言っていたし、きっとまた削るようにして鍛えているんだろう。

あんなの見ちゃったらなぁ…連絡なんてできないよな。

冬に見た、初めての御堂筋くんのレース。
思い出すだけで手が震える。
たまに自分が撮ったあの写真を見ては思う。
あぁいう空気感を出すようになるまでに、一体どのくらいの物を積み上げてきたのだろうと。
ひたむきに、ただひたすらに、前に進もうとするその姿を、ただただ美しいと思う。
それを見ているだけでいい、と思えてしまうほどに。
だから、邪魔するようなことをできるわけがなかった。

「あれ?」

物思いに耽っていたところに、ふいに上から声が落ちてきて視線を上にあげる。

陽に透ける青みがかった綺麗な髪。
切れ長の瞳に長い睫毛。
美しく弧を描く薄い唇。

「君…」
「岸神小鞠です。えぇっと…」

そういえば、僕お名前伺っていませんでしたね、と可笑しそうに笑う彼は春休みに公園で出会った彼だった。

「あ…えっと、苗字です」
「苗字先輩」

おずおずと名を名乗ると、小首を傾げて岸神くんが名を呼ぶ。
その仕草はその辺の下手な女の子よりも、よっぽど可愛い。

「苗字先輩も図書委員ですか?」
「うん。本好きだから、どうせ委員会するならと思って」
「僕も、本が好きなんですよ」

ふっと笑いながら彼は流れるような動作でとても静かに、私の隣の席に座った。

き、気まずいな、と思いながらチラと岸神くんの横顔を見るつもりが、こちらをじっと見ている岸神くんとバッチリ目が合う。

「あ、あの…何?」
「いえ、何でも。失礼しました」

ニコリと彼が笑って前を向く。
変な人だな、と釈然としない気持ちで私も前を向いて、ちょうど教室に入ってきた先生を目で追った。


「まず、委員長を決めます。
基本的に2年生にお願いしてるんだけど、2年生は手を挙げてくれる?」

先生の呼びかけにチラホラと数人が手を上げる。

「この中で委員長やってくれる人?」

当然皆急いで手を下ろした。

「うーん毎度のことだけど、困ったね。
じゃあ、ここは公正にじゃんけんで決めよう!」

その一声で、えぇーとか、まじでー、とか口々に言いながらその場で2年生が立ち上がる。
じゃーんけん、とそこかしこから声が上がり、私は何となく嫌な予感を感じながら、ぽん、の声と共に手を出した。


「…はい、じゃあ。苗字さん、よろしくね」
「はい…」

そう。
私はじゃんけんが弱い。
特にこういう何かを決める時のじゃんけんは。
ため息をついて、先生が立っていた場所に代わりに私が立つ。

「えー…じゃあ、図書委員長になりました2年の苗字名前です」

よろしくおねがいします、と頭を下げると、パラパラと心がこもっていない拍手が送られた。

「そしたらまず今日は、副委員長を決めます。
カウンター当番は輪番制なので、皆さんの希望だしてもらって長と副で決めます」

同意を求める意味で見渡すと、皆それぞれに頷いている。

「じゃあ、副委員長やってもいいよっていう人います?」

言いながら、どうせ誰も出ないんだろうなと予測して、じゃあこれもじゃんけんで、と言う準備をした時だった。

「はい」

スッと後方で手が挙がる。

「…岸神くん?」
「僕、やります」

まさかの人物が手を挙げて、私は驚く。
先生の方を見ると、いいじゃないか、という顔で見返された。

「副委員長は1年の岸神くんにお願いしようと思いますが…。
皆さんよろしいですか?」

結局岸神以外の立候補者が出ない為全体に問いかけると、再び気のない拍手がパラパラとおこる。



「帰りにカウンター当番の担当曜日や時間帯の希望のメモを出して帰ってください。
希望がない人はこちらで勝手に組むので、お願いします。
では今日はこれで終わります」

一斉に生徒たちが席を立った。
前に立つ私と岸神くんの前の箱に、次々と担当の希望が書かれたメモが投げ込まれていく。

「岸神くん」
「はい」

これ全部集計して作るのか、とうんざりしながら岸神くんに話しかける。

「よかったの?部活もあるのに、副引き受けちゃって」
「はい。暫くは僕部活の時間は走らないことになっているので」

1年生だからってこと?、と聞くと、まぁそんなところですね、とサラリと返してくる。
とりあえずちゃんと副の仕事はやる気でいるみたいだなと安心して、集まったメモを纏めた。

「じゃあ、まず輪番表作ろうかと思うけど、明日にする?」
「そうですね。僕も走らないにしても部活には行っておかないと」
「そしたら、明日ね。いつがいい?」
「昼休みはどうです?」

昼か…、と一瞬御堂筋くんのことが頭に過ぎるが、まぁここのところ立て続けにあの場所には来ていなかったし、明日もきっと来ないのだろうと考え直す。

「いいよ、昼休みね。場所ここでいい?」
「はい」
「じゃあそういうことで」

纏めたメモをクリアファイルに入れて、鞄に入れる。
さっさと終わらせたいから、粗方今日のうちに作業しとこうかな、とか考えながら鞄の留め具をぱちんと閉じた。

「苗字先輩は」
「ん?」
「苗字先輩は御堂筋さんの、何ですか?」

ざっと風が吹き込んできて、岸神くんの綺麗な髪を揺らす。
顔に髪がかかって一瞬表情が隠れるが、視線だけは少しも逸らさない。
綺麗な所作でその髪を抑えて、美しい笑みを浮かべた。

「すいません、急に。つい」

その真っ直ぐな視線は、"つい"、言ってしまったその視線にはとても見えない。

「…どうして、私と御堂筋くんが繋がるのかな」
「いえ、偶々お二人がいる所を見かけたので」

その返答を聞いても、先程の問いの仕方は釈然としない。
でもこれ以上追求しても、掴みどころ無く躱されそうだ。

「私と御堂筋くんは何でもないよ。
私と何かあるなんてもし噂がたちでもしたら、御堂筋くんが迷惑だから、やめてね」

私も真っ直ぐに岸神くんを見つめて言う。
御堂筋くんの邪魔をすることだけは、したくない。

「えぇ、そんなことはしませんよ」

安心してください、と言いながら曖昧に笑っている表情は、あからさまに興味がないという顔だ。

なんだろう、この子のこの変な感じ。

やたらと絡んでくる眼の前の後輩に違和感を感じながら、私は鞄を持ち上げて教室を出る。
私の後について教室を出ていた岸神くんに、さよなら、と声を掛けられ、またね、と手を振って帰路に着いた。



御堂筋くんの何、か。

自転車の鍵をあけながら考える。
ほんと何なんだろう。
私にとっての御堂筋くんは、特別な存在だということは自覚しているけれど。
御堂筋くんにとっては。

岸神くんそれは、

「御堂筋くんに聞かないと分からないなぁ」

「何を?」
「ひゃあ!!」

思考の続きが思わず口に出た独り言に、思わぬ合いの手が入って心臓が大きく跳ねる。

「何なん?」

振り向くと、眉を寄せて目を細めて所在無げに立っている御堂筋くんがいた。

「み、御堂筋くん」

この人はいつも背後から現れるな、と思いながら、独り言だから、と言うと、えらいデカい独り言やねぇ、と馬鹿にしたように笑う。
変わらない、いつもの御堂筋くんだ。

「久しぶりだね」
「そうでもないやろ」

素っ気なく言いながら、私が自転車を押して歩きだすと御堂筋くんもついてくる。

「こんなところで、どうしたの?」
「偶々通りかかっただけや」

こんなところ偶々通りかかるか?と疑問に思いながらも、まぁ話せたのは嬉しいし、いいかと思う。

「キミィ、自転車のギアおかしなってるんやない?」

急に何?、と隣を歩く御堂筋くんを見上げる。
変な音しとる、と自転車を指差されてみて、確かに最近ギアの切り替えがうまくいかないくて変速しないようにしていたことを思い出した。

「すごい、よく分かるね」
「ロード乗ってたら誰でも分かるわ」

べ、と舌を出した後、視線だけこちらに向けて見下ろしてくる。

「そのままやったら、危ないで」
「そうなの?」

ハァ、とため息をついて、ほんま何も知らんなァ、と呆れられてしまう。

「キミ明日夜は暇か?」
「へ。うん、別に何もなく家にいるけど」

急な予定確認に、明日何かあるのか?とドキドキするが、御堂筋くんはケロッとした顔であっそ、とだけ言って、方向転換して背を向けた。

「え?あ、バイバイ!」

ひらひらと御堂筋くんが背中越しに手を振り返してくれる。
久しぶりの御堂筋くんの相変わらずさに圧倒されて、私は暫く遠ざかっていく御堂筋くんの背中を眺めていた。

fin