新緑(1/2)



日直日誌を書きかけた手を止めて頬杖をついた。
窓の外、生徒たちが各々の目指す方向へ歩いていくのをぼんやりと眺める。

季節は流れて、初夏。
校庭を囲むように植わっている木々も青々とした葉を茂らせて、勢いよく太陽に向かっている。
気持ちの良い季節だ。
私の気持ちとは、ちっともリンクしないけれど。

「ごめん、苗字さん」

お待たせ、と焦った声に振り向くと、急いでこちらに向かってくる隣の席の男の子と目が合った。

「ううん、大丈夫。
ちょっとぼーっとしてて、日誌まだ書き終わってない」
「ほんま?それなら良かったわ」

へへと照れたように笑うそのクラスメイトの男の子は、私がバッサリ髪を切った日に廊下で声を掛けてきたあの子だ。
あの時はちょっとムッとしたけど、話してみれば別に普通の男の子で、ひょっとしたらあの日のあの言葉も他意は別に無かったのかも、と自分のひねくれた思考をちょっと反省したりしたのは少し前の話。

「ちょっと待ってね。自分のとこ書いてしまうから」
「おぅ。ゆっくりでええよ」

自分が書くべき箇所をサラサラと書いて、はい、と隣に渡せば、ありがと、と明るくて人懐っこい笑顔が向けられる。
この春友達になった彼女たちが、この彼のことを絶賛していたのを思い出す。
バスケ部のエースで、性格が良く、頭も悪くない。
誰にでも分け隔てなく接するし、まぁなによりイケメンだと。
イケメンの定義がよく分からないけど、彼女たち曰くジャニーズ的イケメンらしい。

まぁイケメンかどうかは別としても、確かに、今横で日誌を書いている彼は、担任の先生に頼まれて荷物を職員室に運んで、日直の仕事を私1人にさせまいと走って教室に帰ってきてくれるような、優しい人だと思う。
こんなにも出来た人間がいるんだなと、感心しながら動くシャーペンを目で追う。

あ。

名前を書く箇所にフルネームで書かれた文字に目が止まった。

「下の名前、なんて読むの?」
「え?普通に、'しょう'やよ。翔ぶって書いて、しょう」
「そっか」

どないした?と顔を覗き込まれて、なんでもない、と誤魔化すように笑って見せると、妙に焦った様子で席を立つクラスメイトに合わせて私も立ち上がる。

こんな、同じ名前の漢字ってだけで反応するとか。

心の中で独り言ちて、日誌と共に職員室に持ってくるように言われていたノートの山に向かった。
3分の2を彼が持ってくれて、私は残りを抱える。
気を遣わなくて良いのにと思うが、厚意だと思って受け取ることにした。

2人で並んで廊下を歩く道すがら、ふと窓の外を見ると自転車部の面々が自転車を押して歩いている姿が目に入った。
思わず立ち止まってじっとその集団を眺めて姿を探すけど、そこに御堂筋君の姿はない。

「苗字さん?」
「あ、ごめん」

ふいに呼ばれた名前に引き戻されて、少し先にいる困った笑顔に慌てて追いつく。

「苗字さんて、時々今みたいに外見てることあるよな」
「そ、そうかな」

いつの間にか癖になってしまっていた、御堂筋くんを探す行為を指摘されて恥ずかしい。

「うん、俺、隣やからさ。苗字さんがよくそうやって窓の外見とるの見て、何かええもんでも外にあるんかなぁって思ってた」
「え、えぇ…?嘘、そんな見られてたの気がつかなかった」

いよいよ恥ずかしさで赤くなってくる頬の熱を感じる。
そんな私を見て、クスクスと笑う声がくすぐったい。
居た堪れなくなって伏せていた視線をあげた。

その視線の先、期待していた長身が目に入って心臓が跳ねる。

御堂筋くんだ。

でも1人じゃない。
隣には知らない女の子。

「御堂筋くん、ごめん、重くない?」
「いや、別に」

同じクラスの子だろうか。
段ボール箱を抱えた御堂筋くんの隣を歩きながら、ニコニコと微笑んでいる。

「御堂筋くんて、実は優しいよねぇ」
「ハ、なんやそれ」

一連のやり取りを聞きながら廊下をすれ違った。
ほんの一瞬。
お互いの視線が交差して、何事もなかったかのように逸らされた。

苦しい。

遠ざかっていく距離を背中で感じながら、私も平静を装って誤魔化すように隣を歩く彼に話しかける。

あぁこうやって、と無理に笑いながら思う。

こうやって御堂筋くんの良いところが皆に伝わって、御堂筋くんを好きになる人が出てきて、彼女ができたりするのだろうか。

意気地のない私は、あの日抱きしめられた意味とか、掛けられた言葉の真意を聞くこともないままここにいる。
そんな私は、きっと、御堂筋くんの横に誰かが立つようになっても、指を咥えて見ていることしかできないだろう。

あぁ、あの日彼に言ったことは、間違いだった。

そんな思考が頭を占める。