蒼穹(1/2)
空が高い。
早朝の突き抜けた夏空には珍しく雲ひとつない。
この時期どうしても思い出す。
茶色いグラウンドが跳ね返す熱、逆さまに見る景色とチームメイトの視線、弓形にしなる体や、感覚だけで感じるバーの存在とか、それはもうリアルに。
失ったもの、同時に見つけたもの。
抱えて進む、そう言ったのはいつかの自分だった。
そう、時間は前にしか進まないのだから、置いていかれないように。
「名前?大丈夫か?」
「あ、ううん。なんでもないです、大丈夫」
窓の外流れていく景色を目で追いながら物思いに耽っていると、運転席から光太郎先輩が心配そうに声を掛けてくれた。
ー久しぶりやなぁ。どないしとるかと思って連絡してしもた。
今大丈夫か?と久しぶりに光太郎先輩の声を電話越しに聞いてから数ヶ月後、今こうして光太郎先輩の運転する車に乗せてもらい私はロードレースのインターハイ会場に向かっている。
「ほんとに、乗せてもらってありがとうございます」
「いや、全然ええよ。俺も一人で長距離運転するのしんどいし、むしろ付き合ってもろてありがとうな」
ほんで親父に車借りられてよかったわ、と穏やかに笑う光太郎先輩の横顔を見て、懐かしさで自分の頬も緩む。
大学の長期休みに実家に帰って来て、京都からインターハイも見に行くということで私に声をかけてくれたのだ。
「東京から栃木の方が近いのに、京都に大事な用事でもあったんですか?」
「…あー…。まぁ、な。実家にも顔出さなかあかんかったし…。ま、まぁええやん。
そういえば、御堂筋とはその後どうなん?」
「…どうって…別にどうも…。電話でお話した通りです」
「ほうか。伝えられへんかったかぁ」
光太郎先輩の相変わらずの直球さにぎくりとしてしまう。
結局あの廊下で偶然会って以来、長い間御堂筋くんを見てすらいないし、勿論話してもいない。
あの日、岸神くんに言われた“空っぽを埋めたいという欲”のことをずっと考えていた。
そしてたどり着いた結論が、光太郎先輩に電話で話したこと。
ー私…は、私が、御堂筋くんの一番のファンになろうって。
これが今のところ、彼と自分の関係に出した結論だった。
ー…ほうか。それは…物凄く、嬉しいやろなぁ。
しみじみとそう言った声を聞いて、きっと今あの顔で笑ってるんだろうなぁ、と電話越しでも暖かい気持ちになったのをよく覚えている。
光太郎先輩がその後続けて、でもそのことちゃんと、あいつに伝えたら喜ぶと思うで、と言って笑ったことも。
「…どう言えばいいのか難しくって…」
「あ、ちゃうよ!責めてるとかやないんやよ。
言うか言わんかは名前が決めることやしな。思うようにやったらええよ。
ただ、後悔だけはせんようにな」
折角もらった助言を実行できていない自分を情けなく思いながらも、あぁ光太郎先輩はやっぱり優しいなぁ、と気遣ってくれる言葉を聞いて思う。
一緒にいたいとか、触れたいとか、そういう気持ちは確かにある。
でもそれよりも、やっぱり彼の重荷になりたくなかった。
私は一度、自分勝手にも一方的に想いを伝えてしまっている。
そのことについて、御堂筋くんから何も反応がない限りこれ以上何も押し付けたくなかった。
御堂筋くんが私を遠ざけたいと、切り離したいと思っているのなら、私はただ遠くで見ているだけでいいと、そう思った。
それだけでも、彼について知れることはあると。
私は膝に抱えるカメラバックをぎゅっと握った。
最大限彼を想える方法。
それが、1ファンになること。
自分が出した結論に、我ながらどこか逃げ腰でカッコ悪いなと思う。
傷つきたくないだけの、ただの言い訳なのかもしれない。
だけど、沢山考えて、これが今1番しっくりくる彼との関係性だと思うのだ。
だからそれは自信を持って言おうと、自分に対して誓った。
例えもし、彼の隣に誰か並ぶ素敵な女の子が現れたとしても。
「そういえば、なんや鳴子さんも来るんやろ?」
「あ、うん。鳴子は、章吉くんの応援でって。会場で合流する約束で…。
あっちでは2人で2泊して、帰りも2人で帰る予定です」
「さよか。なんかええなぁ、女の子2人で楽しそうや」
のんびりと微笑む光太郎先輩の表情とは裏腹に、私の内心は少し複雑だった。
章吉くんがいるということは、俊輔もいる。
そのことを思うと正直少し気が重たい。
鳴子には俊輔のことを、今は会いたくない相手として伝えてはいるから分かってくれてはいるとは思うけど。
章吉くんもその辺りは事情も話していないのに、どうもしっかり気を遣ってくれているようで私と俊輔は未だに繋がっていない。
でも、もしかしたら、このインハイのどこかで出くわすことになるかもしれない。
その時私は何を俊輔に言えるんだろう。
「お、ここやな」
光太郎先輩が呟いてインターを降りるためにウィンカーをあげた。