蒼穹(2/2)



彼女に電話をしたのは俺からだった。

大学生活も落ち着いた頃、ふと携帯を眺めていて、今までのメッセージのやりとりの中に彼女の名前を見つけて、つい連絡してしまったのだ。

多分、寂しかったのだと思う。

大学生活のスタートがうまく始められなかった俺でも、周りの力を借りてなんとか無事自転車部に入部もできた。
教室へも少しずつ迷わずに行けるようになった。
だけど。
ふとした瞬間に過ぎる高校時代の残像のような記憶が、心を掠めて行く瞬間がある。

もう連絡することはないだろうと、思っていたのに。

気がついたら液晶に表示された名前の番号に触れていた。

数コールで電話に出てくれた彼女の声は、何も変わっていなくて。
まだ卒業から数ヶ月なのにひどく懐かしくなった。

インハイに行こうと思っていること、夏休み中に京都に一度帰ること、大学でのこと。
自分の話を沢山した。
彼女も最近あった出来事なんかを楽しそうに話してくれた。

ーごめんな、こんな電話なんかしたら、御堂筋に怒られてまうな。

自制するつもりで言った自分の言葉を自分で聞いて後ろめたさに襲われたが、どうして御堂筋くんが出てくるんですか、と彼女は電話越しに弱々しく笑った。

聞くと結局御堂筋とはなんの発展もしていないらしい。
それどころか数ヶ月会ってすらいないと言う。

てっきりあの卒業式の日の様子を見ていて、そういう流れになったのだろうと思っていた俺は、御堂筋何やってんだ、と思う気持ちと、どこかほっとしている自分との間でぐらぐらと揺れた。

ー私、気がついちゃったんです。自分の気持ち。

そう言った名前の苦しげな声を聞いて、俺は我にかえった。

あぁそうか、ついに、と俺は思って言葉の続きを紡ぐ。

ー曖昧やったモン、はっきりしたん?
ー…うん。しかも、それをぽろっと言っちゃったんです、御堂筋くんに。最低ですよね…。

それで御堂筋と距離置いてんのか、と納得した。
確かに、この子のあの感じだとその感情をうまく処理できずに消化不良を起こしそうだと、卒業間際に御堂筋のことについて話した時のことを思い出す。

ーで、自分なりに色々考えて。それで、思ったんです。
 私は…私が、御堂筋くんの一番のファンになろうって。
 私から御堂筋くんにもう何も求めないけど、でも、せめてこっそり見てることくらい許してもらえないかなぁって。
 御堂筋くんのファンですっていうのは、それくらいは、自信持って言おうと思って。

途切れ途切れに紡ぐ彼女の思いを聞きながら、俺の方が切なくて泣きそうになった。

この子はきっと自分の気持ちは保留にしてでも、御堂筋の重荷にならないことを選んだんだろう。
それでも好きだという気持ちは無くなるものではないから。
彼女の必死の抵抗のような、懇願のような、“それくらいは、自信持って言おうと思って”という言葉が悲しい。
思わずと彼女はいうが、それでも伝えてしまった気持ちに何も返ってくるものがないことは、苦しいことだと思う。

こんな気持ちにさせるために、俺はこの子への想いを諦めたわけじゃなかったのに。

そんなことを思いながら、俺は精一杯の気持ちを込めて名前の想いは間違っていないこと、それは本人に伝えていいことなのだということを伝えた。
遠慮なんかあんな奴にするな、と言いたいのを堪えて。
それで傷ついてどうしようも無くなったら俺のところにくればいいと、都合がよくでも使ってくれたらいいと、そう言いかけて結局俺に言えたのは中途半端な一言。

ー辛い時とか悲しい時とか、いつでも連絡してな。俺ら友達やろ?

情けないと思う。

その後、彼女が1人でインハイの会場である栃木まで行こうとしていることを聞いて、たまたま用事があるから京都に帰るついで、なんて嘘までついて会場までの道中を一緒に過ごす約束まで取り付けたことも、その気持ちに拍車をかけた。

それでも久しぶりに名前に会えること、道中の数時間を過ごせることを楽しみにしていた。
そんな自分は阿呆だと思う。

どんなに願っても、どんなに幸せにする自信があっても、この子がこちらを向くことはないとを、会話の端々やその表情から感じて苦しくなるだけなのに。