合図(2/2)



「苗字はどこか応援するチームがあるん?」

昨年も応援に来たという鳴子に案内されて、観戦ポイントに移動しながら鳴子がふとした疑問を投げかけてきた。
歩いていける距離しか行けないところが残念だが仕方がない。

「チーム…っていうか。選手はいるかな」
「へぇ、なんて選手?」
「御堂筋くん」
「…え?!御堂筋てあの、京伏の?!」

驚いた顔で私を見て、重ねて、あのめっちゃ嫌な奴?と確認してくる。

「そ、そんなに、嫌なやつでもないよ、実は。真っ直ぐすぎるだけで」
「はーそうなんやぁ」

鳴子はしきりに、はー、とか、ふーん、とか言いながら、納得したようなしてないような変な顔をしている。

「まぁでも、なんかちょっと似てるとこあるよね」
「え?」

鳴子からでた言葉にびっくりして、私は目を丸くする。

「全然似てないでしょ」
「いや、なんて言うんやろ…。選手時代のあんた知っとるからさ、なんか、その頃のあんたと御堂筋くんは少し重なるところがあるように思う。
あたし去年もあの人の走り見とるから」
「ごめん、全然分かんない」
「自分では気づいてへんかったかもしれんけど、選手時代のあんたすごい威圧感あったよ。
3年の秋に会った時なんて、もう削るところないのに、更にその先削ろうとしとるみたいな変な気迫があって、ちょっと怖かったもん」
「…まぁ浮いてた自覚はあるよね」

馬鹿なことをしてしまったという後悔も。

「でも、それがあったから、今のあんたがあるんやろ。
あたしは今のあんたの方が、昔の冷たいあんたよりずっとええと思うわ。
誰かを応援したいって、思えるようになったあんたの方がずっと」
「他校に乗り込んできて、何してんだーって喝入れてきた奴のセリフには思えないけど」
「うーわ、それ今言う?」

照れ隠しで言った一言に鳴子が嫌な顔をして、2人して顔を見合わせて笑った。

確かに、あの頃があったから今の自分がいる。
これで良かったと、大きく頷ける日はまだ遠いかもしれないし、そんな日は来ないかもしれない。
色々な苦しみも悲しみも知った代わりに、それを認めてくれる友人も、心から尊敬して見ていたいと思える人もできた。
そして、無くなってしまってもお終いにならないということも、私は知ったんだ。

「ありがと」
「何、急に素直になってー。気持ち悪い!」
「…言わなきゃ良かった」
「嘘やって、ごめんごめん」

戯けあってまた笑っていると、人が段々増えてきた。
ポイントに付いたらしい。
私は荷物をそっと地面に下ろして、カメラバックを開ける。

「さぁそろそろくるで、先頭が」

鳴子が高揚した表情で言い、私はカメラレンズを最近自慢の一眼レフに取り付けて最高の瞬間を狙うべくピントを合わせ始める。

帽子を深くかぶってカメラも構えているし、きっと御堂筋くんも気が付かない筈だと言い聞かせる。
なんだかバツが悪くて、御堂筋くんには私が観戦しにきていることを知られたくなかった。

大丈夫、通り過ぎるのは一瞬だし、と早鐘を打ってくる心臓をなんとか落ち着ける。

「きたっ!」

誰かの声が聴こえた。
レースが始まる。
長い3日間の初日。

最初に目に飛び込んできたのは。

「きたぞ!総北だ!」

遠くに見えた黄色いジャージだった。

「章吉ー!」

鳴子が隣で叫んでいる。

私は慌ててさらに帽子を下げて、そっと前を見る。

一瞬だった。

真っ直ぐ前を見て走り抜けていく、懐かしい横顔。
ひたむきに仲間の中にいる彼を目で追った。

あぁお互い、変わったなぁ。

私はそっと息を吐いて過ぎた時間を思う。

「がんばれ、俊輔」

そっと呟いた声は観客の歓声にかき消されて届くことはないけど、今の私が彼に送ることができる精一杯のエールだった。

そうか、御堂筋くんと俊輔が戦ってるんだな、とふと不思議な気持ちになりながら、私は次々にやってくる選手の中に御堂筋くんを探す。
今私は、彼のファンなのだから。