再会(1/3)



「ちょっと出てくるね」
「うん、気つけてな」
「はーい」

部屋を出て宿の廊下を歩く。
下駄を突っかけて外に出れば、夏にしては涼しい風が吹き抜けていった。

カラコロと鳴る下駄の音を聞きながら、この3日間で日焼けした首筋のピリピリとした痛みを感じる。

鳴子がとってくれた宿はインターハイの会場から程近い所で、よくこんなところとれたね、と言うと得意気な顔をしていた。

とぼとぼと夜道を歩きながら、インターハイで見たことを反芻する。

この3日間、御堂筋くんの動き一つ一つをレンズ越しに見ていた。
勝利を確信する目の光、必死で前に進む意思、重ねてきた全てのことに対する自負。
そういうものがダイレクトに伝わってきて、苦しい程に切なくて、痛い。

よく知っている勝負の世界。
私にはもう遠い削り合うような厳しいその世界の中で彼らは戦っていた。

過程が大事だと大人は言う。
結果よりも、頑張ってきたその道のりが大事なのだと、励ますように。

3日目最終レース。
突然の雨の中で光太郎先輩から聞いた御堂筋くんの落車。
その場に崩れ落ちた。

努力は結果でしか報われない。
過程など結果が得られなかった時点で、意味を成さなくなる。

きっと御堂筋くんはそう思うんだろうなと、表彰台に登る黄色いジャージを見つめていた。





暫く歩くと湖の近くに出た。
風で小波が立っているのを眺める。
キラキラと月明かりに波が光っているのを見つめた。

「名前…?」

不意に名前を呼ばれて振り向く。
一瞬陰った月明かりが、雲が通り過ぎて徐々に差し始めた。
その明かりの中立っている私たちは、2人とも固まって動けない。

ざっと風が吹いて止まっていた時間が再び流れ始める。

「俊輔…。久しぶり」

久しぶりに口に出して言った名前を、どこか他人事のように聞いた。

「…あぁ…。元気、だったか?」

困ったような、泣きそうな、不思議な顔で俊輔が笑う。

俊輔に再び出会うことをずっと恐れていた。
何もない私が浮き彫りになりそうで。
そんな私を見たらガッカリされるんじゃないかと、怖かった。

でもきっとそうじゃなくて、私はそんな自分を自分で直視するのが怖かったんだ。

「隣、いいか?」
「うん」

2人で並んで湖を眺めていると、時間が巻き戻っていくような感覚がした。
だけどその感覚こそが、もう戻りはしない私たちの間にある時間を物語っていた。

その夜、私たちは今までのお互いについて色々なことを話した。

転校してから後もう陸上はやっていないことや、最近は写真を撮ることが好きなこと、京都の高校では友達ができたこと、そんな、私に起こった小さな変化を言葉にしてみる。

俊輔はこの1年半と少しの間の出来事を、珍しく饒舌に話してくれた。
高校もみきちゃんと同じこと、激坂をママチャリで登って見せたチームメイトがいてその子が今日の優勝者であること、1年生の間はライバルに勝つためだけに練習してきたこと、だけど今はそれ以上にチームのために走ることだ大切だと思えるになったこと。

次々に出てくる俊輔の話に耳を傾けながら、やっぱり俊輔は変わったと思った。
とても素敵な友達や先輩に恵まれて、ただただ1人だった彼は、人の中で生きることができるようになったのだと。
それはとても、私にとっては素直に嬉しくて、眩しい、変化だ。

そして私はまた御堂筋くんのことを思い浮かべる。
俊輔とは真逆にいる御堂筋くんのことを。

「ワルい。オレばっかりベラベラ喋って」

バツが悪そうに言う俊輔の言葉にハッとして、顔の前で手を振る。

「いやいや…!ごめん、ちょっとぼーっとしちゃって…」

苦し紛れにそう言うと、そっか、と俊輔は静かに湖に視線を移した。