再会(2/3)
「それで…なんでお前、ここにいるんだ?」
当然の質問だな、と思う。
俊輔はじっと息を殺すようにして私の返答を待っている。
「大切な人が、レースに出るから。見ておきたくて」
私は一息に、決意のように言葉を紡ぐ。
「…そうか…。そいつ、同じ高校の奴か?」
「…うん、京都伏見だよ」
「京伏…。名前は?」
「御堂筋、御堂筋翔くん」
私がその名前を言うと俊輔は手元を見つめたまま黙った。
そして顔を上げて、私を真っ直ぐに見た。
「今日のレース、結果的には御堂筋が落ちたけど、本当に紙一重だった。
あいつは強い。凄い奴だ」
「うん」
私も俊輔の視線を受け止めて頷いた。
あの最後の瞬間、刹那まで一緒にいたのは俊輔だ。
御堂筋くんの努力の深さや、才能は、正直私には計り知れないけれど、きっと俊輔にはわかるのだろう。
そう思うと少し、羨ましいと思ってしまう。
「…それにしても…御堂筋か…」
ぽつり、と俊輔が呟いた。
「なぁ。初めてお前が見に来たあの最後の大会覚えてるか?」
「うん…」
俊輔にとっても私にとっても、苦い思い出だ。
あの頃の私たちは、今よりもうんと幼かった。
だから仕方ないと、終わらせるには重たいことかもしれないけれど。
「あの日、オレを騙して優勝した奴がいただろ?
あれ、御堂筋なんだ。
オレずっと、あの日から、全てをあいつのせいにして過ごしてきたんだ。
あいつがいなけりゃって。
お前と離れることもなかっただろうし、自信も失わずに済んだんじゃないかって。
でも、気が付いたんだ。あいつとインハイで当たって。
あぁ違う、オレが弱かったからだって。
自分の弱さを他人のせいにしてる時点で、オレは負けてたんだって」
あぁそっか、と私はあの時のことを思い出していた。
あの日レースの前、邪魔だと声をかけてきた背の高いあの男の子は、私と同じような
視線を俊輔とその家族に送っていたのは、御堂筋くんだったんだと、今にして思う。
「ふと思うんだ。
あの時もし、オレがちゃんと自分の弱さを受け止められる強さを持っていたら。
そしたら、悲しい思いをさせずに、1人にさせずに済んだのか、って」
すっと俊輔の手が伸びて、頬にかかった私の髪に触れた。
髪越しに伝わる熱が熱い。
「…大丈夫だよ。もう私は1人じゃないし、今はもう寂しくも、悲しくもないから。
俊輔だって、そうでしょう?」
私がそう言うと、そうだな、と言って、俊輔は寂しそうに笑った。
私もつられて笑ったけど、多分2人して泣きそうな顔をしていたと思う。
頬に触れるから触れないかの距離にあった熱は、ゆっくりと遠ざかっていった。
「そういえば、それ」
首元を指されて視線を落とすと、月明かりに青が冴え冴えと揺れている。
「あ、うん」
なんといえばいいか分からず、曖昧に返しただけになってしまう。
「ちょっと貸してくれないか」
「いいけど」
ずっとつけていた重みを外した。
どことなく首が軽い。
「これ、物凄く悩んで買ったんだ」
「わかるよ」
あの時のぶっきらぼうな物言いとか、震えてた手とか、そういうものを思い出して、思わず笑ってしまう。
そんな私を、俊輔は目を細めて見てふっと笑った。
「…せーのっ!」
「はっ?!」
目を見開いて驚く私をよそに、俊輔が大きく振りかぶった。
数秒遅れて、ぽちゃん、と小さな音が湖の遠くから響いた。
「えっ!嘘?!投げた?!」
「投げた」
「なんで、そんなことするの?!」
「なんでって…」
もうお前には必要ないだろ、と俊輔が静かに笑って言った。
お互いにもう、思い出に縛られるのはやめようと、そう言われている気がした。
「…だからって普通、一言断り入れない?!」
「オレがやったものだ。オレの自由だろ」
「もらったのは私なんですけど!私の物でしょ!」
他愛ないをやりとりをしながら月夜を歩くのは、本当に久しぶりで。
自分でちゃんと片付けられなかった荷物を、綺麗にラッピングして棚に仕舞ってもらったような、そんな気持ちがした。