白雨(3/3)
腕の中で彼女の華奢な体が暖かい。
不思議だ。
今まであんなに遠かったのに、今この瞬間こんなにも近くに彼女がいる。
「み、どうすじ、くん」
「まだや」
苗字さんが小さく呟くようにボクを呼ぶ声に、ピシャリと跳ね返すように言った。
多分、顔を見たら言えなくなってしまうから。
あと少しだけ。
息を吸ってゆっくりと言葉を準備する。
「…ボクはボクやから。変われへんと思う。
この先もずっと、勝つために削っていくし、いらん荷物は捨てていくつもり」
苗字さんの肩が揺れて、ボクはその首筋に顔を埋める。
「…そやけど。
キミィはボクにとって、いらん荷物でも、削れるもんでもないいうことが、よう分かったわ」
ずっと言葉にするのを避けてきた。
自分の想いも彼女の想いも、引っくるめて抱える覚悟をすることは、ボクにとってとても重たいことだったから。
捨てる覚悟ではなく、抱える覚悟を。
そう、それは彼女に教えてもらったこと。
「正直、恋人だの付き合うだの、よう分からん。
ただボクにとってキミはそういう存在やということだけ、知ってもろてたらええ」
これが今のボクに言える精一杯だ。
本当のことを言えば、誰にも渡したくないし、自分の元に縛り付けておきたい。
あの放課後の廊下で別の男に微笑んでいる彼女を見ただけでも、頭が割れそうなくらい苦しかった。
まして、石垣くんといるところなんて考えたくもないくらいには、彼女に執着している。
だけど、彼女の自由な意思と選択で生きていってほしいと願う。
そう思うくらいに、大切に思っている。
「…いいの?
そんなこと言われたら勘違いしちゃうかもよ」
「勘違いされて困るんやったらこんなこと言うてへんわ」
腕の力を少し緩めると、顔を上げた彼女と目が合った。
「私、御堂筋くんの1番のファンになるよ。
許されるなら、側にもいたい。
いいかな?」
ボクに向かって、真っ直ぐに挑むようにそう言う彼女の視線を受け止める。
「ええんやない。
キミがそれを望むんやったら」
キミがそう望む間は、ボクもキミの側におるわ、と口には出さないけれど。
それでいいのだ。
▽
雨はもうすっかり上がって、ボクは彼女を家まで送る。
当たり前のように、一緒に歩いて。
「応援とかすごい行っちゃうかもよ」
「インハイも来てたやろ」
「う…」
「バレバレやわ」
「…御堂筋くんが走ってるところ見たかったんだよ」
「別にィ悪いとは言うてない。勝手にしたらええ」
「写真もいっぱい撮ったよ。
そうそう、最近ね夢ができたんだ」
穏やかな夏の夕暮れが、ボクらの背中を照らして長い影が2つ道に伸びた。
fin