白雨(2/3)
「雨、止まへんねぇ」
「そう、だね」
2人して小上がりに腰掛けて雨の音を聞いていると、電気がついてない室内の不思議に透明な薄暗さも相まって、まるで2人で水の中にいるようだ。
「さっき、なんで逃げたん?」
雨音の隙間を縫うようにして、御堂筋くんがポツリと言った。
少し寂しそうに聞こえたのはきっと、この雨と私の心情のせいだろう。
「…わかんない。気がついたら走ってた」
「なんやそれ」
訳分からん、と呟くように言って御堂筋くんがため息を吐いた。
チラリと横顔を見ると、膝に頬杖をついてぼうっと遠くを見ている。
私はこの人にため息を吐かせてばかりだなぁ、と込み上げる不甲斐ない気持ちを飲み下した。
本当は、逃げ出したのは、泣いてしまいそうだったからだ。
御堂筋くんと道端でばったり出会ったのは、案外1人で過ごす命日も平気になったかなと思っていた矢先だった。
今日もしも何か決定的なことを言われてしまったら、みっともなく泣き崩れることになるだろうと思った。
本当に独りぼっちになってしまうような、そんな気がして。
「…ボクもや」
「……」
「逃げてたんや、キミから」
「…知ってる」
あぁきっともう終わりだ。
私は絶望感を感じながら力なく笑う。
そう、知っていた。
御堂筋くんが私を避けていること。
私はそんな御堂筋くんの選択を甘んじて受け入れていた。
変化して何かが失われる方が怖かったのだ。
御堂筋くんの1ファンになるなんていう下手な言い訳をして、距離をとることを正当化しようとしていただけだ。
「ごめんね」
あぁこうやってまた、
「困らせるようなこと言って」
傷つけられるくらいなら、
「好きなんて、そんな…迷惑だったよね」
傷つきにいく方がマシだと、自分を守る予防線を張る。
格好悪い。
なんて情けない、私なんだろう。
俯いた視界の隅で、御堂筋くんの手が動くのを涙を堪えて見ていた。
「アホ」
「へぁ?!」
ぬっと視界に差し出された手が急に近づいて、頬にかさりとした感触が触れた。
「プ、ククク。ひっどい顔やなァ」
御堂筋くんは私の頬を緩やかに押し潰したり引っ張ったりして、にやにやと笑っている。
「ひょ、いひゃい」
「そらええわ。
すこォしくらい、痛い思いでもしてもらわんと。
勝手にボクゥが言う前に見当違いなこと言うて、なんやの?」
一つ息を吐いて、私の目を御堂筋くんが真っ直ぐ覗き込む。
頬を引っ張っていた手は今はそっと添えられていて熱が直に伝わってくる。
「迷惑やと思う人間をボクがここに連れてくる思う?
まして母さんの話なんかするやろか?」
「……そ、れは…どういう…」
「…ここまで言うても分からへんの?
ほんまアホやわキミ。アホや」
アホ、と繰り返し言う御堂筋くんの頬が染まっていく。
これはそういうことでいいんだろうか。
期待してしまっても。
「…最初からそうしとった方が、無理に笑うよりよかったんちゃう」
止めどなく流れ出した涙で歪んだ視界を、御堂筋くんの大きな体が遮った。
あの時と同じ、御堂筋くんの匂いとか体温がぴったりと私にくっついている。
今度はすぐに離れてしまわないで、私の上がっていく体温に寄り添ってくれていた。