Since then(1/2)



「アキラ!サインちょうだい」

カフェから出たところで、後ろから小学生くらいの小さな男の子がサインペンと雑誌を差し出してきた。
開かれたページには花束を持って表彰台に登る、自分の姿が大きく掲載されている。
その記事の隅に書かれた名前を見つけて、目を細めた。

「キミ、よぅ分かったなァ。ボクて」
「僕、アキラの大ファンなんだ!いつもレース見てるよ!」
「そら、おおきに。名前は?」
「ルイ」
「ルイ。ロードやっとるんか」
「うん!
僕アキラみたいな強い選手になって、グランツール総合優勝するんだ」
「ほうか。せやったらいっぱい練習せなあかんな」
「…無理って笑わないんだね」
「笑わへんよ。
そやからキミも、一度口にしたその目標大切にせなあかんよ」
「分かった!」

ハイ、と目線を合わせて記事とペンを返すと、男の子は大きな瞳をキラキラさせて礼を言って走っていった。

その後ろ姿を見送りながら、随分と時間が経ったものだと苦笑する。
この自分が誰かの背中を押す存在になっていて、あのカメラマンの写真で自分の姿が世界に発信されるようになるとは。

「笑われへんわ、ほんまに」

コーヒーを片手にボストンバックを持ち直すと、タイミングを見計らったかのようにポケットで携帯が鳴った。

『こんにちは、御堂筋選手』

電話口から懐かしい声が聞こえる。
思わず綻んだ表情を隠すように、片手で口元を覆った。

「なに?冷やかしなら別当たってくれますゥ?」
『ハハ、変わらないねー。で、今どこにいる?』
「空港やけど。ロワシーの」

某有名カフェ店の名前を告げると、電話口で彼女がくすくすと笑って、やっぱりと楽しげに呟いた。

『全身黒で革手袋って日本ではめちゃくちゃ浮くだろうけど、フランスだと馴染むね』
「は?なんで…」

ふと視線を感じて振り返ると、先程出てきた店内からにこやかに手を振っている女性と目が合った。

『久しぶり』

電話越しの彼女の声と、窓ガラス越し挟んだ女性の口が同じタイミングで動く。
ボクはしてやられたという気持ちで、盛大にため息を吐いた。

「…苗字さん、キミィは相変わらずやなァ」

先程雑誌の記事の片隅で見つけたその名を、今度は口に出して呼んでみる。

そう彼女はいつもこうやって、思いもかけないタイミングで現れては心を攫っていく。
その軽々とした自由さで。