花開くまで(1/4)



膝をトントンと軽く叩かれて顔をあげると、少し下からこちらを見上げている苗字さんの顔が目に入った。
片方のイヤホンを外し、首を傾げて仕草だけで促す。

「何聴いてんの?」
「…」

声に出して言うのも面倒くさく、液晶に表示された洋楽バンドの名前を見せると、その瞬間キラっと瞳が輝く。

「結構古いの聴くんだね」
「…知ってるん?」
「音楽はね、好きだから」

そのバンドが好きなら…と、携帯を操作して自分のためにバンドを見繕ってくれるその横顔を眺めた。

「御堂筋くんて、邦楽は聴く?」
「聴かんこともないけど」

そう言うと、これは?と携帯の液晶を見せてくる。

「あァ、名前ェは見たことあるわ」

知っている人は知っている、そういうバンドだ。

昼休みになんとなく気が向くとこの階段に来るようになってしばらく経つ。
苗字さんが先に来ていることもあれば、ボクが先に来ていることもあった。
顔を合わせているうちに他愛のない話もするようになった。
時がゆるゆると過ぎていき、すでに晩秋。
もうすぐそこまで冬がきている。

「このバンドのボーカルの人、なんか御堂筋くんに似てるんだよね」
「はァ?」

しげしげと差し出されたバンドメンバーの画像を見ると、センターでトリッキーな髪型をした細い男が、中指をたてて舌を出している。

「キミには、ボクゥがこないに見えてるん?」
「え、こんなじゃない?」
「…」

強く否定もできず再びイヤホンを耳に近づけた。

「ごめん、ごめんて」

外見だけじゃなくて…

そう言いかけて、苗字さんは口篭る。

「なんやの」

言いかけて黙られたら、逆に気ィになるわ。

その先を促すが、いや、いいや、と引っ込めて、ふいっと前を向いてしまう。

苗字さんと話しているとこういうことがよくあった。
本質の部分に触れそうになると、するりと逃げてしまう。
それは自分との間だけでなく、彼女が他人と話している時も同じようなことがあっているようで、特に親しくない相手に対してはかなりしっかりと線引きをしていることは少し見ていれば分かった。
最初はその独特の距離感を、人に興味がない故のものかと思っていたが。

ちゃうな。

最近見ていて気づいたこと。
少しでも、本音や本当の気持ちのような、生身の自分自身に触れる話になると、怯えたような顔になる。

あの日、あの帰り道に思わず聞いてしまった彼女の過去。
あのことと何か関係があるのだろうか。

やめや、やめや。

浮かんでくる色々な考えを打ち消す。
あの日のあの時間は、何かがほんの少し狂って、自分と彼女の距離感がおかしくなってしまったのだと、御堂筋は結論づけていた。
それに、今不要な詮索をして、この空気が壊れてしまうのもー。

って、なんや、キモ!

ふいに浮かんだ考えに、手で顔を覆う。

最近の自分は少し、いや、かなりオカシイ。

「…ボクゥ、先戻るわ」
「あ、うん」

何となく重い足を持ち上げて、階段を登った。







最近の私は少し変だ。

ゆっくりと壁に頭をもたせ掛けて考える。

あんなふうに他人の聴いている音楽が気になったり、思わず考えてたことを言いそうになったりすることは今までなかったことだ。

この前の帰りもだ。
自分のことを人に話すことも、人と自分を重ねることも、私にしては本当に珍しいこと。


"名前ちゃんって言葉キツいしね"
"自分のこと特別とでも思ってるんじゃないの"

投げかけられた言葉の数々。
それらは今思うともっともに思える。

"わかったようなこと言うなよ"

つらつらと考えている中で、再生されるあの声。
ドクリと心臓がゆっくりと縮む。

このことはまだ自分の中で受け止められていないらしい。
思い出を慌てて遠ざけて、頭を空っぽにしてイヤホンから聴こえてくる音楽に耳を傾けた。