Love your enemies(3/3)



「おかえりなさい」

意識して形の良い微笑みを浮かべた。

おや。

黙ってカウンターに戻り隣に座ったその横顔を見て、違和感を感じる。
元気がない、というよりも。

「…何か酷いことでも、ありました?」

傷ついて帰ってきた子供のような顔をしている。

「なんで…私なのかな」

泣きそうな声で小さく彼女が呟いた。

ギャップがある人だと思う。
驚くほど鋭いこともあれば呆れるくらい鈍かったり、雰囲気のある佇まいとは裏腹に自信がなく卑屈なところがある。
そこが彼女の魅力になっているとも言えるのだろうが。

「何があったんです?」

話したらスッキリするかもしれませんよ、と言うと長い睫毛を伏せて押し黙ってからちらりとこちらを見る。

「…誰にも言わない?」
「言いませんよ。そもそも誰に言うというんです?」

パタンと読んでいた本を閉じて首を傾げると、彼女は安心したような表情を浮かべ口を開いた。

「さっき来た子ね、クラスメイトなんだよ」

珍しいなと思ったが、彼女の中ではあの男子生徒は全くの他人というわけではなく、少しだけ距離の近い存在だったようだ。
先程ちらりと見た分には、いかにも善人といった裏表のない顔をしていた。
緊張していても笑みを浮かべ、決して勢いで自分の気持ちを押し付けようとはしない、そんな雰囲気があった。

「私のこと、その、好きだって…。
他に好きな人がいることは分かってて、こんなこと言ってごめんって」

成る程、と彼女の表情と溢れた呟きに合点がいく。
相手の気持ちに応えられないこと、こんな自分がこんなにいい人を傷つけてしまった、とか大方そんな所だろう。

「他には何か言ってました?」

口にしてから、つい聞き取りのような口調になってしまったことに気がついて苦笑する。

「もしも、その好きな人が私を見てくれなくて苦しくなったら俺のこと思い出してって。
いつでも俺を逃げ場に使ってくれていいって」
「へぇ…そんなことを…」

意外に厚かましいんだな。

浮かべていた苦笑が冷ややかな笑みに変わるのが分かって、そっと持っていた本で口元を隠した。

「それで、苗字先輩は何と?」

抑えられない好奇心がむくむくと首を擡げる。

「何って…もし彼が私を見てくれなくても、私は君を頼ることはないと思う、って…。
…酷いよね。でもそれは事実だから」


“事実だから”

その言葉に、どくりと胸が鳴った。

相手がどうであれ自分自身は現在も未来も変わらないということを、事実だと言ってのける。

やっぱりこの人は、御堂筋さんと同じ人種だ、とまざまざと思い知り、僕はそのことに深く深く安堵し、腹の底から喜びを感じる。

あぁやっぱりこの人は素敵な人だ。
この手に入れられない人を、手に入れたい。
しかしそれは土台無理な話だ。

「僕はそれでいいと思いますけどねぇ。
だって無駄な期待をさせる方が、残酷だと思いませんか?」

その残酷さを愉しむのが、僕なのだけれども。

お願いですー。

僕は願う。

どうか、貴方は僕の手の届かない所にいて。
貴方が身を置く世界がまるで美しく穢れのない神話の世界のようであって欲しい。
どうか。


end