Love your enemies(2/3)
例えば。
素晴らしい作家の作品を読んだとき、天才的な画家の作品を目の当たりにしたとき、まずその直に伝わる衝撃を堪能する。
その衝撃をたっぷりと味わった後、その背景にある作り手の内情に手を伸ばしていく。
まさにそんなふうに、僕は彼らを知ろうとした。
しかし作品の鑑賞と現実では大きな違いがあるということを、間抜けなことに僕は暫く経ってから気がつくことになる。
決定的な違い。
それは、現実の世界では僕を含め皆影響を及ぼし合う相互的な関係であるということ。
僕自身が彼、彼女たちに関わることができ、またその逆も然りということだ。
作品鑑賞の場合、あくまでできることは“推測”であり、“実証”ではない。
目の前に確かな手応えと反応があるものに対して、“推測”だけで終えることができるだろうか。
僕にはとても、そんな(殺生な)ことはできなかった。
観察ばかりしていた僕にはそういう“関係性”という概念がどうもすっと入ってこなかったようで、気が付いた時には既にのめり込んだ後だった。
『苗字先輩』
僕は意図的に彼女を“先輩”と呼ぶことにしていた。
御堂筋さんには、彼女をそう呼ぶことはできないから。
『もしも、僕が、貴方のことを好きだと言ったらどうします?』
雨の日の図書館、薄暗がりの放課後に2人きりで、そのシチュエーションはうってつけに思えた。
吐息がぶつかるくらい近づいてその瞳を覗き込めば、綺麗なその瞳に僕の歪んだ笑みが映り込んでいた。
自転車以外のことで珍しく気分が高揚していたことを思い出す。
壊れるかもしれない。
そう思うとぞくぞくと肌が粟立った。
壊れてしまったとして(それは彼女の心が僕に傾くことを意味する)、もしかしたら、あの人の歪んだ顔が見られるかも。
僕が彼女をずたずたに傷つけて、憔悴していく彼女を見たら、御堂筋さんはどうするだろうか。
もしも逆に僕が彼女を愛しんだとして、彼女の視線が2度と御堂筋さんに注がれることがなくなったらどんな顔をするのだろうか。
触れることさえ躊躇してしまうような大切な人を、どんな形でさえ奪われた時あの人は。
そう、この時まで、僕の中には御堂筋さんへの興味しかなかったのだ。
彼女に対しても、“御堂筋さんに関わる稀有な存在”としての興味しかなかった。
それが。
『どうもしないし、君は私のことなんて好きじゃないでしょう?』
少しも動じずに彼女はゆったりと笑って見せたのだ。
『好きどころか、君、私に興味すらないんじゃない』
あぁそうかこの人は。
僕は唐突に悟った。
この人は御堂筋さんに暴かれる人ではなくて、導き導かれる人なのだろう。
御堂筋さんと同じ、物事の奥深くにある、本質を見ている人。
本当はあの日、2人を見た時に僕は何となく気が付いていたのではないか。
2人が対等で、2人にしか分からない世界に住んでいるということに。
僕はそれに強烈に憧れたのだ。
そして2人共に同時に嫉妬した。
この世界にたった1人、お互いしかないという相手に出会えるという奇跡。
それがどれだけ尊いことか。
神聖なことですらあるように僕には思えた。
なぜ彼らだけがそんな恩寵を受けられるというのだ。
壊れてしまえと呪いながら、壊れて欲しくないという祈り、という矛盾した感情の間に揺られることに僕は“欲情”していた。
『ふふ…。すみません。少し、調子に乗ってしまいました』
僕が離れると、苗字さんは肩から力を抜いて溜息をついた。
『岸神くんさ、私にちょっかいをかけたところで、御堂筋くんは何の影響も受けないと思うよ』
僕は一瞬驚いて目を見開いて、その感情を覆い隠すようにいつもの笑みを貼り付ける。
『どうしてそこで御堂筋さんが出てくるんです?』
苗字さんがゆっくりと目を瞬かせて、その薄い唇を開いた。
『だって岸神くんがこういう詰め方する時って、大体御堂筋くん絡みだし…。
君が御堂筋くんに抱いている感情が何なのかは分からないけど、私を通して御堂筋くんに揺さぶりをかけようとしてるのは見てれば分かるよ』
自分の浅ましさを見抜かれていたようで、羞恥が滲んだ。
『…敵いませんね、おふたりには』
結局同時期に僕が仕掛けていた火種も次々に爆ぜだしたわけだが、僕の“いかにしてこの2人を壊せるか”という試みは見事に打ち砕かれたわけだ。
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