09:答えを急かした

2021/02/24

#5

ピリッと空気が変わるのを、肌で感じた。
ううん、琴都の表情は穏やかなままだ。怒りを隠しているとか、そんな風でもない。
山の頂上から景色を見渡すように、実に……実に、清々しい笑顔を見せている。

「……ふふっ、あははっ、好きってさ、ほんとに気持ちいいよねー。結果なんかどうでもよくて、人生の多くを好きに割くことが幸せで。だからわたし、ゴン太くんの死を見ることになってもいいの。好きだから。好きで傷付くのも好きだから。自分の好きな事をした、って記憶が刻み付けられるなら、痛くてもぜんぜんいい」

細められた目に、何のてらいもない光が映り込む。彼女は、全く倒錯などしていない。
何気なく、自分の腕を撫であげると、鳥肌が立っている事に気付いた。

琴都は、お姫さまに憧れている、という話をした時と同じ、あどけなく、うっとりとした様子で話し続ける。

「ただね、早く行かないと。もう、ゴン太くんが死んじゃってたら、死ぬところ見れないから。たくさん、たくさん、記憶するために、酷いところも余さず見なくちゃいけないの。だから、こんな扉……っ!」

琴都がまた、扉に向かって突進する。
まるで、スポーツに打ち込むかのように、振るわれた力は爽やかだった。
……彼女を狂っている、と表現するのは相応しくない気がする。
異質さに恐怖したのは事実だけれど、一方で、彼女にしか見えない平和な、閉鎖した世界を垣間見たから。

さて、とモノクマが流れを区切る。
……琴都の話を聞いた後では、あと2時間くらいなら、なんて思えない。
彼女を、早く外に出してあげてほしい。

さあ、いよいよ投票終了が告げられる……。
そう思った瞬間、ルトラがスッと立ち上がったのが分かった。
視界には入っていなかった。衣擦れの音すら立てなかったのに、思わず振り向いてしまう存在感だったのだ。

幽霊のようにそろそろと、モノクマの方へ歩いていく。
動揺しているフリなのかもしれないが、モノクマは進行の台詞を途切れさせて、彼女を迎え撃つように向き直った。
妙な沈黙が、この部屋を包んでいる。

「僕にも、解答権をくれないか」

ルトラが、その沈黙を破る。
モノクマはおちょくるように無言を貫き、ただ首を傾げる仕草をした。

「僕が正解したら、その答えが視聴者と違っていても、このクイズは終わりだ。いいだろう?」

「はぁ?」

心底馬鹿にしたように、モノクマはさらに首を傾げた。
そんな無茶な要望が通るわけがない……と私はハラハラしながら見守る。

「もちろん、視聴者が正解してもこのクイズは終わりだ」

「あのねぇ、そんなワガママ聞くわけ無いでしょ? 残り3択なのに、2回の解答権を与えたらすぐ終わっちゃうじゃん〜。あー、視聴者とキミの選択が被るかもってー? ダメダメ、外したら死ぬくらいのおもしろデメリットが無いとやりませーん」

「……でも、AとDってところまでは絞れているんだ。さっきも言ったけれど、視聴者に見せる証拠としては映像が最適だ。そして、全員の家族が出演する見込みは無かったけれど、記憶が消えている間の僕たちなら、それは簡単に撮影できる。『Aダンガンロンパのキャストになりたいから』が答えなら、こんなに納まりのいい事は無いんだ」

「あっそー。でも、解答権はあげませーん」

モノクマがそうあしらっても、ルトラは、集計に移るのを邪魔するように話し続ける。

「一方で、『D元々ゲームに参加するはずだったのに逃げ出し、連れ戻された』という選択肢。これが正答ならば、何故今なのか、という点が疑問になってくる。本当に連れ戻されたなら、早くゲームに参加させて、殺されるリスクを他の参加者と平等にした方が良い。でもこのクイズが終わる頃には、2回目の学級裁判も終わっているだろう。……そう、2回目の学級裁判が終わるという事は、脱落者の累計が4人になるということ。僕達の人数と同じ。人数補充と理由を付けるなら、絶好の機会だと……」

「あーもう! うるさいうるさい! キミの推理がなんだろうと、キミに答える権利なんてあげないよ〜! はい締切〜! 結果発表〜!」

そういってルトラは押し退けられてしまう。
交渉が上手くいかなかったというのに、ルトラはあっさり納得して引き下がった。

……そして、11回目の解答が発表される。
もしこれが不正解だったなら、学級裁判には間に合わない。
正しいクロを指摘できたとして、そのおしおきを受ける人物とは、2度と会えなくなる。
それどころか、誤ったクロを指摘してしまったら、出会ったほとんどの人が死んでしまうのだ。
どちらにしろ、人が死ぬ。
ううん、もう、事件で1人失っている。

「えー、選択された答えは! 69.1%の視聴者のみなさまの票が入りました! Gの借金の担保にされ…………え?」

ふと、モノクマが動きを止める。
ルトラが無表情のまま、幕を降ろすかのようにゆっくりと目を伏せる。そして、もう開くと確信しているかのように、くるりと出口の方を向いて歩き出した。

「うぷぷぷぷ……もうちょっとだったんだけどなぁ。えー、みなさまなんと、11回目にして、大正解です! 答えはG借金の担保にされたから。でーす!」

正解。ついにその言葉を聞いた瞬間、ぐりっと心臓に体重を掛けられたように苦しくなった。
私たちが、借金の担保……?

「紗如、行くよ!」

力が抜けそうになったところで、琴都に腕を引き上げられる。
彼女は力強く扉を開け放つと、私を引っ張ったまま走り出した。
たんたんっと2人分の足音が廊下に響き、久しぶりの外を感じる。

……自分は何故ここに居るのか。もう家に帰ることは出来ないのか。家族に借金があったのか。家族は無事なのか。これからどうなるのか。
多くの不安が渦巻いていたけれど、ふと隣を見ると、琴都の表情に吸い込まれた。

「はぁ、はぁっ……ふふ、ははっ」

琴都は、ステージの上を駆け上がっていく主役のように、夢中の汗をかいていた。
人の生死が関わる時に見せる表情ではない、と頭では分かるけれど。
今は私も、その世界の輝きに入りたい。

……繋いだ手を、私から離した。
そして、裁きの祠へと、琴都さえも追い越して行く。


2021/02/24


back