2021/02/24
背後に現れたのは、もちろんモノクマだった。
「はいはーい、ワックワクの現場検証が一段落ついた隙に、クイズの投票結果でーす!」
いそいそと進行する様子からして、モノクマは早くメインの事件の方に戻りたいのだろう。
投票で選ばれたのは、Kだった。
尽きない悪意に食傷して、私はただ重たい溜息をついた。
「本日1回目の回答ですが……ざんねーん! Kドビュッシーの『月の光』とか、ああいうキレイな曲がぴったりだと思うんだ。は不正解でー……うわぁぁ!?」
またすぐに立ち去ってしまうと察したのか、琴都はモノクマの体を掴んで捕らえた。
モノクマは本気ではないだろうけど、バタバタと暴れる。
「コラー! 学園長への暴力は校則違反だぞー!」
「わたし生徒じゃないもん。……ねえ、ゴン太くんは無事? 早くここから出してよー」
「そんなのオマエラ雑魚には教えないもんねー! クイズが難しいんだから仕方ないよね! はい忙しいんだから退いてー!」
そう言って琴都を押し退け、モノクマは瞬く間に姿を消した。
「……ほら、どうせ無理なんだよ。大人しくしてればいいじゃん。恋とか言ってんじゃねーぜ」
合歓の呟きが、また恋愛を否定する。
その根拠はきっと心の奥深くに埋まっていて、無遠慮に手を伸ばせば、大きな傷を負わせてしまうだろう。
だから、聞かない。
そう決めていたのに。
琴都がドアにまた何かを叩き付けた瞬間……私はついに声に出してしまった。
「合歓は、その、そんなに可愛くて美人なのに、恋愛がきらいなの?」
さらっと髪が擦れた音。
合歓が顔を上げたのを感じ取って、私は失言だった、と後悔した。
今までの彼女の反応から見て、そうそう踏み込まれたくない事柄なのは明白だった。
「あっ、ご、ごめん……。美人なのに、って失礼だよね。ごめんなさい、勝手に……」
「顔が良ければチヤホヤされるから、恋愛好きだって、そう思ったのか?」
「ちがっ、違うの、ごめんなさい。ただ、好かれる事は多いだろうなって、だから縁が無いとは思えなくて……」
馬鹿な事を言ってしまった。
やっぱり、モノクマに言われたことを気にしていたのかもしれない。
私には代わりが居るけれど、合歓は美人だから、特別だって。
そんなつもりは無くても、美人は得してるに違いない、という妬みが言葉の端に現れていたとしたら、合歓が怒るのも当然だ。
ところが、俯きながら盗み見た合歓は、ふふ……と自分自身を笑った。
「ばか。こんな口も性格も悪ぃ奴、誰も好きにならねーよ」
相変わらず口は悪いのだけど、その笑い方がいつに無く上品だった事に、何か引っ掛かった。
人の振る舞いなんていくらでも"たまたま"があるものだけど、どうもそうとは思えない。
なんだか、普段の合歓よりも、ずっと自然に見えたから。
けれど、それ以上は質問するべきではないと思い、私も扉を破る方に加わって、2時間を過ごした。
――そして、学級裁判が始まった。
誰が殺されて、誰が疑われているのか、私たちはまだ何も知らない。
「転子たちは友達みてーなモンだし」と合歓が加わり、琴都の頼みでルトラまでもが加わった。
けれど、4人掛りでも扉は破れなかった。
「ク!イ!ズ! でーす! 学級裁判も頭を使うし、くっだらないクイズで休憩にしましょー!」
モノクマが現れ、2時間が経過した事を知る。
様々な武器を試して汚れた手を、ズボンにパンパン叩きながらモノクマの方へ向き直り、ポケットからまたあのメモを取り出した。
私の両隣から合歓と琴都が覗いてきて、後ろからは、ちょっと意外だったけどルトラも見ていた。
残る4つの選択肢を眺めながら、4人で意見を交わし合う。
「過去に遡って記憶を改竄されていないと仮定すれば、@の家族に捨てられた、というのは、心当たりがあるかどうかで消せる選択肢だ」
ルトラの言葉に、琴都が首を傾げる。
「うちは家族仲悪くないけど……それって、記憶が抜けてる間になにかとんでもない事があったら、有り得ないことじゃないよね?」
「そう。けれど、クイズと言うからには確かめられる答えが必要だ。この場合、家族に捨てられたという証拠を視聴者に見せなければならない」
「証拠って?」
「手紙や書類の信憑性の低さを考えると、本人が写った映像を準備しようとするだろう。つまり、家族本人が出演している映像だ。僕の家族は絶対にそういう物に出ない、と断言出来る」
君たちの家族は? と尋ねられて、それぞれ返事をする。
「あたしのところは……まあ有り得ねーぜ。ちょっと訳ありでな」
「私は、どうだろう……。うちの親は結構甘い方だと思うから、捨てられるなんて考えられないかも。配信とかを嫌う感じではないけど……」
「わたしのところは、たぶん頼まれたらなんでも引き受けちゃうとおもうねー。けどさ、これって4人全員が一致する解答なんでしょ? それじゃ合歓とルトラがありえない時点で、正解の可能性は低いよね」
「ああ。@は極めて可能性が低い」
「そんじゃ、Gの借金の担保っていうのも外れるんじゃねーか。これだって、家族の出演が必要だろ」
「いいや。こっちの場合は……」
「はーいはーいはーい! 勝手に進めないでね! 特に日坂さん!! ボクから発表するんだから!」
モノクマに遮られ、私たちはメモから目を離す。
いよいよ、視聴者にも分からない選択肢から解答が出されるのだと、緊張感が漂った。
「果たして、視聴者のみなさまが選んだ答えは、正解か!? 不正解か!? 10回目の解答の発表でーす!」
やがて、モノクマが大きく手を広げる。
「……ざんねーんっ! @家族に捨てられたから。は不正解でしたー!」
ひとまずは、安堵の溜息が出た。
だからといって、この後に救いが待ってるわけではないけれど、目先の不安が否定された事は、間違いなく一時の安堵をもたらしてくれた。
恐らく、ルトラの推理を聞いて、外れであると思った視聴者が多く投票したのだろう。
学級裁判が始まっても、私たちを閉じ込めておくつもりらしかった。
そしてモノクマは、視聴者に向かって長々とした口上を言い切ると、裁きの祠に向かったのだろう……忙しそうに去って行った。
*
「さて、11回目の解答、もうすぐ締切りますよ〜!」
お菓子を貰ったとはいえ、扉を攻撃し続けるだけの体力はもう無くて、私と合歓は床にへたり込んでいた。
ルトラはいくら動いても余裕そうではあったが、思い付く方法を試し切ったから、と、もうピアノに向かっている。
それでも琴都だけは、扉を壊そうと叩き続け、自らの体をぶつけていた。
「琴都、遅くてもあと2時間だから……もう、無理しないで」
私がそう声を掛けても、彼女は平気そうに首を振るだけだ。
「ねえ、ケガしちゃうってば、琴都……」
実際に彼女はもう、手のひらに擦り傷を作っていた。
それでも、琴都は外に出ることを諦めてくれない。
私だってさすがに、異常に思う。
出会ったばかりの人を好きになって。
好きになったばかりの人の為に、こんなに無茶をするなんて。
まだ諦めがつくじゃない、なんて他人に言うことは出来ないけれど、どうしても疑問だった。
「どうして、そこまでするの? そんなに、どうしても、獄原さんが好きなの?」
異常さに歩み寄ろう、なんていうのは嘘だ。
私は彼女の、少し行き過ぎた愛し方に、憧れがある。それは、恋愛に限った事ではない。
「あはは、それってさー、こんな短期間なのにってこと? それは違うよ紗如」
にこにこと朗らかに彼女は答える。
「まだ小さい好きだから、諦めがつく、なんてこと無いんだよ。どんなに小さくても、好きな物事には、命より法律より執着するべきだとおもうんだよね」
「え……」