2020/02/27
「あのさ」
受け取った材料を整理していると、最原終一が声を掛けてきた。
「あの状態からでもピアノって修理出来るものなの?」
板をこちらに差し出しながら、彼はそう問い掛けてきた。
ええと、外に関することだけ喋らなければいいんだよね。
「かなり難しいですけど、それでも直したい、です」
「楽器、好きなんだね」
「はい! あっ...ええと...」
楽器職人目指してるって言うのも、外の世界のことになるからダメだよね。
私は記憶を植え付けられて、修理のために生み出されたモノクマの子供なんだから。
「ええと...お父さんが褒めてくれるので、頑張ろうって」
「そうなんだ...」
最原終一は俯き、口を閉じた。
私は元の作業に戻ろうとしたけれど、何故かまだ、会話は終わっていない気がした。
「そんなはずないだろ」
「えっ...」
彼は静かに顔を上げると、睨むように強い眼差しを私に向け、何かを否定した。
「あの、何が...?」
「何がお父さんだ。本当にそんな理由だけなら! 僕は簡単に進めるのに! そうだよ、たった1本腕が吹き飛ぶくらい、命が奪われることに比べたら大したことじゃない。僕なら、まだ耐えられる」
溢れ出る何かを押さえ付けるように、最原終一は頭を両手で掴んで、そうまくし立てた。怒りをぶつけていた。
誰に? 何に?
驚き、困惑する私に構わず、彼は私だけを強く見詰めて、訴えを続ける。
「こんなチャンスのせいで僕は進めないんだ! だって、この歴史が変われば君は...。だけど、死ぬことに比べたら、2度と君に会えないことに比べたら! 僕は乗り越えたいのに...! 君の腕が、ただの腕だったらよかったのに!」
「やめろ終一!」
声を聞いて戻ってきた百田解斗が、最原終一を大きく突き飛ばす。
私は目の前の光景が、見えているのに頭に入って来ないような感覚がして、自分は呆然としているのだと気付いた。
「ごめん、なさい、わからない、です、ごめんなさい」
いつの間にか、そう口にしていた。
百田解斗に押さえ付けられながらも、最原終一は抵抗して暴れている。
歴史、腕、2度と会えない。どういう意味なんだろう。
ダメだ、あまり考え込むと巻き込まれてしまいそうだ。
これも、コロシアイによる、極限状態のストレスのせいなんだろうか。天海蘭太郎、赤松楓を目の前で失ったストレス。2人もの死を目の当たりにしたストレス。
説明は簡単に付けられる。
だけど、本当に、これは取るに足らない妄言なの?
「ねえ紗如!」
琴都に呼びかけられて、ふと思考が途切れる。
声はしたものの彼女の姿はなく、代わりにこちらに近付いてくる足音がした。
棚の奥から顔を出したのは、琴都であった。
「どこに行ってたの?」
その問いに彼女は答えず、代わりに缶詰のようなものを持ってこちらに差し出してきた。
「牛めし缶見つけた!」
「材料探してたんじゃないの!?」
「これおいしいんだよ〜。いっしょに食べようよ!」
「うーん、食料はちょっとほら、後でにしようよ」
食事がどう手配されてるのか聞いてないし、もしかしたら参加者の分の食料は持って行っちゃダメかもしれないし。
どう説明したものかと首を傾げていると、ドンッと背後から音がした。
「終一、お前はまた...」
百田解斗の手から逃れた最原終一がこちらに向かってくる。
私を見詰めたまま、手を伸ばして来る。
ギシッと真上で物音がしたかと思うと、私は最原終一に突き飛ばされた。
反射的に私は目を閉じる。
「いった...」
背中に硬い床の感触はあったものの、思った程の痛みは無い。
私は、閉じていた目を開いた。
「へっ!? な、なにしてるんですか!?」
最原終一は私に覆い被さり、こちらを見下ろすようにしていた。
「あっ...ごめん、思わず」
「い、意味がわかりません! どいてください!」
「まあいいや。もうすぐだか...」
彼の肩越しに、私は斧の切っ先を見た。
「えっ...」
重たいその刃物は、彼、最原終一の背中に向かって落下した。
「がっっ...! あ゛ぁ...!」
「なん〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿〿
「あぁ、いいんだよ気にしなくて。なんで助けたのか、って聞きたかったんだよね?」
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「君のことが好きだから、だよ」
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」
どうせ本人には届かないと分かって、僕はそう言った。そういうズルもしたくなった。
端の方に座り込んでいた百田くんが立ち上がる。当然、怒っている様子だ。
「終一、お前ならやれるって信じてるぜ」
「僕にはそう思えないよ」
百田くんは、掛ける言葉が見つからないのか、頭をかいて気まずそうな態度を見せた。
「僕が悪いんだ。ごめん」
「なあ、終一...」
以前に作られたプログラム世界と違い、思ったよりも痛みは軽い。
僕は背中の斧を抜きながら、なに、と短く返事をした。
「どうして譜字平が好きなんだよ」
「えっ?」
思わず振り返り、彼の顔を見た。
ふざけているわけでは無さそうだ。
「こんな所まで追いかけて来るなら、赤松だって救えたはずだ。どうして譜字平なんだ?」
「赤松さんや、他の死んだ皆は無理だって言ってたじゃないか」
「そういうことを聞いてるんじゃねーよ! お前はどうしてここまで譜字平を追い掛けて来たんだよ! たまたま救える場所に居たから、それだけか!?」
「それだけ、なわけないよ...」
10代の男子高校生が抱く、普遍的な恋愛感情を説明しろ、という訳か。
そもそも、どうして好きか、なんて。
「わからないよ」
「なんだよ」
「好きな理由なんて言えるわけないだろ! 僕はただ、紗如ちゃんの...夢を...叶えてほしいと、思って」
「譜字平が、あの後夢を諦めたように見えたのかよ」
「そうじゃない、けど」
「終一、お前がこの世界に取り込まれちまったら終わりだぞ。辛くても、現実の譜字平を思い出せ。何度でも刻み込め。お前が目指すのは、あの譜字平なんだよ。例え、腕が無くなろうとも」
「百田くん...」
分かっていた。
こんなことは無意味で、何も変えられないと。
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「僕は、彼女自身よりも彼女の幻が好きなんだ。簡単に、愛してくれるから。でもそれって、恋愛ならよくあることだよね?」
自分への問い掛けではないと分かっているのか、百田くんは何も言わずに帰る支度を始めた。
「だけど、これは僕のワガママだったんだ。現実の紗如ちゃんに辿り着くのはゴールじゃない。その先の多くを乗り越えていくこと。それが僕からも愛を与えるということ...なんだろうか」
うん。そうかもしれない。
「行くぞ、終一」
「うん、行こう」
僕は、自信を持って頷いた。
世界を出る直前に、いつもの様に振り返る。
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待っていて。
紗如ちゃん、詩守村さん、それに側葉良さんと日坂さんも。