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「やぁやっ名前!なんだかご機嫌みたいだねっ」
「あれっ日和くん。おはよう、早いですね」

事務所に入ると、簡易的な応接スペースに日和くんが座っていた。確かに今日は朝から雑誌の撮影が入っていたが、まさか時間に余裕を持って出勤している自分よりも早く来ているとは思ってもいなかったので少し驚いてしまう。テーブルの上に飲み干された紅茶のカップが置いてあるところを見ると、どうやら彼が来てからそれなりの時間が経っているらしかった。

「どうしたんですか?いつもはわたしかジュンくんが引っ張りに行くくらいなのに……」

「失礼だね!ぼくだって早起きして事務所に一番乗りする日もあるよ!」

日和くんはその性格的に言うと、基本的に待つ側ではなく待たせる側だ。そしてそれに申し訳なさなんかを感じないタイプ。いつだったかジュンくんが彼のことを「王侯貴族体質」と言っていたが、言い得て妙だと思う。
思わず感心したような声を上げると、それが不服だったのか我らが日和殿下はぷりぷりと怒ったような声を出した。もちろん真剣に怒っているわけではないので「すみません」と適当に謝罪をして、今日のスケジュールの確認をしながら紅茶を淹れ直しにキッチンに向かう。他に人もおらず、わたしも少し声を大きめに出しているので座ったままでも十分聞こえるだろうに、日和くんはなぜかわたしの後にくっついてくるので、なんだか親鳥になった気分だ。

「今日の流れはそんな感じです。何か不明点はありますか?」

「特にないね!ああ、でも名前がご機嫌な理由をまだ教えてもらってないね」

「ご機嫌って……。べつに、ただちょっと去年のことを思い出してただけ。」

たしかに挨拶代わりに言われた言葉には特に答えず流していたが、まさか改めて問われるとは。馬鹿正直に答えるわけにもいかないので、フワッとしたことを言って適当に誤魔化した。まぁ、嘘は言ってないからね。
言葉足らずなわたしの答えに日和くんは去年のこと?と小首を傾げる。皮肉をこめて呼ばれていたはずの「おひいさん」という呼び名が嫌味なく似合ってしまうので日和くんはすごい。すっかり見慣れているはずなのに美しくて眩しい……。

「ん〜〜はじめて自分の目でEdenとして活動する4人を見た時とか、サマーライブとか…SSとか。あとはみんながトップ中のトップに上り詰めるまではこの仕事辞めれないなぁとか。楽しいこと考えてたからご機嫌に見えたのかもしれません。」

我ながら誤魔化しがうまい。ちゃんと聞けばイマイチ筋の通っていない返答だが、日和くんは思いがけずわたしが担当を降りる気がないと知って機嫌を良くしたようで、淹れ終わった紅茶をわたしの分までテーブルに運んでくれた。

「そう言われてみれば、初めてAdamの2人と会ったときの名前の顔は面白かったね!あの毒蛇への不信感が丸わかりだったよ」

2人して椅子に腰掛けたところで日和くんが思い出したように声を上げる。まさかさっきの話でピンポイントで七種の名前(ではないが)を出されるとは思っていなかったため、うっかり紅茶が器官に入ってしまう。咽せるわたしをよそに日和くんは嬉々としてあの時のわたしの冷えた目がどうだっただのと嬉々として語っている。いかんいかん。隠し通すと決めたのにこんな簡単に動揺しててこの先どうするんだ。
しかしあの時たしかに食えない奴だとは思ったが、まさか顔に出ているとは思わなかった。学生時代から、この仕事については初対面の人への愛想が命だと思っていたし、他人への愛想の良さには自信があったのに…。

「や、そんなに顔に出てた?あるまじき失態ですね、気を付けないと……」

「名前にしては珍しいくらい、完全に目が据わっていたね、まぁあの毒蛇のうさんくささは一級品だから仕方ないんじゃないかな!」

「えぇ?う〜ん……。」

「おやおや!朝から自分の悪口で盛り上がってる感じですか?悲しいですね、自分は繊細なので傷ついてしまいます!」

日和くんの言葉を聞いて無意味に自分の頬をもにもにと揉んでみる。目が据わっていたらしいので頬は関係なかった、ただの気休めだ。自覚がなかった分どこかで同じことをやらかしてそうで怖いな……と考えていると、ドアの方からちっとも悲しんでいないだろう悲しみの声が聞こえてきた。

「おはようございます七種。そういう態度がうさんくさいと言われるんだと思いますよ」

「おやおやこれは手厳しい!自分はいつも精一杯の誠意と熱意でお話ししているつもりですが〜?ともあれ名字さん、日和殿下、おはようございます!」

「精一杯の誠意がこれなんて、おヘソでお茶が沸いちゃうね!」

なんとなく、七種と日和くんの間にはまだちょっと…だいぶ分厚めの壁があるなと思った。七種がというより日和くんの方が明らかにつっぱねている。仲が悪いわけではないだろうが、やはり乱くんやジュンくんのように懐に入れる気はないらしかった。とはいえ七種はそんなこと気にしないだろうし、少なくとも表面上問題なくコミュニケーションがとれている以上、わたしのような一介のマネージャーが口を出すことでもない。そういうのはおそらくプロデューサー…あのP機関の、あんずさんの領分なのだろう。

七種と日和くんは飽きもせず軽口の応酬を続けていたが、ちょうどそのタイミングでジュンくんと乱くんがやってきた。どうやら来る途中、なぜか植え込みの中にいた乱くんをジュンくんが見つけて一緒に引っ張ってきてくれたらしい。これで全員集合だ。会話に一区切りついたことを確認して、仕切り直すように手を叩く。

「はいはい、それじゃあ仕事しますよ!現場行きましょう!」

今日の最初の仕事はESの外にあるスタジオでの雑誌の撮影だ。そう遠くない距離ではあるが、まさか天下のEdenを徒歩で移動させるわけにもいかない。車とってくるのでエントランスで待っててくださいと4人の背中を押して、すっかり見慣れた社用車の鍵をとった。



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