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!あんず(転校生)が喋ります





「お〜いたいた名字、今空いてる?」

「先輩」

オフィスでパソコンと睨めっこしながら仕事をしていると、入り口の方から声をかけられた。学生時代から嫌というほど聞いた声だ。シパシパする目をどうにかしたくて、一度ギュッと目を瞑ってからそちらを見遣る。ひらひらと手を振っているのはなんだかんだもう10年近い付き合いになる先輩だった。

「何か御用ですか。ふざけた用事ならブッ飛ばしますけど」

「えっ怖、いつも思うけどお前俺のこと先輩だと思ってないよね?」

「ふざけた用事ならブッ飛ばしますけど」

「2回目!」

お前アイドル相手には年下でもクソ丁寧なのに俺へのその態度は何?学生時代はあんなに殊勝だったのに……と泣き真似をする先輩を「3回目言った方がいいですか?」とぶった切る。仕事相手ならともかく気心知れた先輩に被る猫はいない。先輩だってよそいきの場合はもっとシャキッとしてるのにわたしの前では常にだらしないのだからお互い様だ。
集中力も完全に途切れてしまって、このまま片手間に話を済ますことは無理だと判断したため一旦パソコンを閉じて先輩に向き直る。おちゃらけた先輩だが玲明学園時代から恐ろしく仕事のできる人だった、わざわざわたしを探していたようだし、ふざけた用事ではないだろう。

「お前P機関の方に挨拶ってもう行ったりした?今日俺佐賀美さんに用事会ってあっち行くんだけど、あんずさんが時間とれそうらしい。一緒に来る?」

「あ…ESできてからはきちんとご挨拶できてないです!ご一緒させていただいてもいいですか?」

P機関。ESが設立と同時に作られた機関だ。ESに所属するアイドルたちを公平平等にプロデュースする機関。あんずさんとは、彼女が夢ノ咲学院のいち生徒としてプロデューサーをしていた時から付き合いがあり、男所帯の中の数少ない女同士仲良くしてもらっていた。ESができてP機関が発足してからは佐賀美さんや椚さんには挨拶のタイミングがあったものの、前年度の実績に加え立場がついたあんずさんは今まで以上に忙しそうで、きちんと挨拶もできずにいた。何か菓子折でも準備しておこうかな、あまり高価なものは変な邪推が入ったり恐縮されたりしそうでいけない。簡単だが失礼にならない程度のものを…と考えこむ。

「おー、じゃあ先方にそう伝えとく。13時にフロア集合な」

「ありがとうございます。手土産用意しときますね。」

「助かる。じゃあまた後で。」

ひらひらと手を振ってオフィスから出て行く先輩を見送って、時計を見遣る。時刻は11時を過ぎたところだ。今日はEdenの面々は全員レッスンの日で、夕方までわたしの出番はない。手土産用に目星を付けたパティスリーはここからそう遠くないが、仕事に一旦区切りをつけた今このまま行ってしまった方がいいだろう。外出用の小さい鞄に財布とスマホだけを入れ、置いてある札を「外出中」に置き換えてからデスクを離れた。







「お〜名字さん、久しぶりだな〜。元気だったか?」

「お待たせしてしまってすみません…!お久しぶりです!おかげさまで毎日元気です。これ、良かったら皆さんでどうぞ。」

13時少し前に先輩に指定されたフロアに行くと、そこにはもうすでに先輩と佐賀美さんの姿があった。慌てて駆け寄って頭を下げる。佐賀美さんはからからと笑いながら頭をポンポンと軽く叩いてくれた。

「あっやべ、これってもしかしてセクハラになる?」

「佐賀美さんそうやって今まで何人の女の子を落としてきたんスか?こわい…」

「おい人聞きの悪いこと言うなよ…。」

先輩は夢ノ咲の2winkのマネージャーを担当している縁からか佐賀美さんと仲が良く、対応もわたしに見せるだらけ切った姿だ。揶揄われて眉を顰める佐賀美さんにセクハラだと思っていないので大丈夫ですと伝えると、ホッとしたような顔をしていた。普段関わっているのが年下の手のかかる弟たちのような子が多いので、わたし自身が年下扱いされてむしろちょっと嬉しかった。恥ずかしいので言わないが。
いつまでも入り口付近で喋っているわけにも行かないから、と奥に通される。佐賀美さんがあんずさんを呼びに行ってくれるようで、お言葉に甘えて先輩と並んで応接室のソファに座って待つことになった。以前までは学院に入るわけにはいかないものの、会いたい時には連絡をとって会っていたあんずさんがもうすっかり偉い立場の人になってしまったので緊張する。それを先輩に伝えると、「お前も似たようなもんじゃね?副所長補佐。」と笑われた。担当になったグループにたまたま副所長の七種がいて、その手伝いをしているからそう呼ばれているだけであって、副所長補佐なんていう役職は存在しない。大体、会社の役職で言えば部署長である先輩の方がわたしなんかよりもっと上だろうに。先輩は仲の良い人間に恭しい態度を取られるのが苦手らしく、「やめてくれよ〜」と苦いものを食べたかのような顔をしていた。

「すみませんお待たせしました…!お2人とも、お久しぶりです!」

「!いえ、とんでもないです。とはいっても俺の方は先日ご挨拶させていただいたのでそこまでご無沙汰ではありませんが…。お忙しい中お時間いただきありがとうございます。」

「あんずさん…!お久しぶりです!」

あんずさんとは年明け少し経った頃のワンダーゲーム以来顔を合わせていないかもしれない。久しぶりに会えたことが嬉しくて思わず立ち上がって手を握った。あんずさんに続いて入ってきた佐賀美先生に落ち着けと笑われてしまったのが少し恥ずかしくて、2人して顔を見合わせて笑った。

「では、改めまして。」

ゴホンとひとつ咳払いして仕事モードに切り替える。会えたことは嬉しいが、やることはしっかりやらないと。

「前年度に引き続きコズミック・プロダクションにてEdenの担当をしております名字です。お忙しい中お時間をいただきありがとうございます、今後ともどうぞよろしくお願い致します。」

「P機関のあんずです。夢ノ咲学院には引き続き在学中ですが、こちらの事務所にいることも多いので何かあればお声がけください。こちらこそよろしくお願い致します。」

お互い深々と頭を下げる。しっかりと名刺も交換して、お互いの個人的な連絡先が変わっていないことも確かめ合ったところで先輩が「それじゃあ」と声を上げた。

「俺と佐賀美さんはこのままここで仕事の話するから、名字はもう戻って大丈夫だぞ。」

「あんずも。名字さん送って行ってくれ。」

「!ありがとうございます…!」

どうやら気を利かせてくれたらしい。2人に頭を下げて応接室を後にした。
廊下を歩きつつ、意を決してあんずさんに「あの!」と話しかける。少し大きな声になってしまって驚いたのか、あんずさんは歩みを止めてこちらを振り返った。

「実はこれ…。あんずさんに似合うかな、と思って。コズプロのわたしじゃなくて、あんずさんの…お友達としてのわたしからの個人的なプレゼントです。良かったら貰っていただけませんか?」

好みじゃなかったらすみません、と謝りながら差し出したのはデパートに入っている某有名化粧品メーカーのリップだ。昨年度末に春の新作を見かけてきっとあんずさんに似合うだろうと一目惚れして買ったもの。誕生日でもなんでもないが、いつも頑張っている彼女の毎日が少しでも楽しくあればいいなと思って選んだもの。中々会えず渡せていなかったが、今日時間をとってもらえると聞いて、デスクの引き出しの中からこっそり鞄に忍ばせてきていた。

「嬉しい…!いいんですか?ありがとうございます…!」

あんずさんはどうやら気に入ってくれたようで、「こういうの欲しかったんですけど、中々買いに行けなくって!」と目をきらきらさせている。喜んでくれてホッとした。
オフィスの出口は案外すぐそこで、あっという間に到着してしまう。名残惜しく思いながらも、また今度オフの日にお茶でも行きましょう!と約束をして、それぞれ自分の仕事に戻っていった。







「それじゃあ、お先に失礼しますねぇ〜。おつかれさまぁ〜」

「はい、みんなおつかれさま。しっかり休んでくださいね」

「…あれ、茨はまだ帰らないの?」

「自分はまだ少しだけ書類仕事が残っておりますので!それが終わればすぐ帰ります、どうかお気になさらず!」

夕方、事務所に戻ったわたしは引き続き仕事を進めていたが、気付いたらみんなのレッスンの終了時間になっていた。慌てて迎えに行って、そこで明日の予定を確認する。いつもより時間は早いが、連日の仕事の疲れもたまっているだろう高校生たちにはゆっくり休んでほしくてそのまま解散とした。…若干1名、帰る気ゼロの高校生がいるが。
七種の言葉を聞いた乱くんはそう…と相変わらずのテンションで答えていたが、少し心配の色が滲んでいるようにも見えた。最初は何を考えているか全く分からなかったが、この1年でわたしがレベルアップしたのか乱くんが感情を少しずつ表に出すようになったのか、随分と読み取れるようになってきたなぁ。


「七種!後はわたしがやっておきますから、七種ももう帰る支度をしてください」

「こないだもでしたけど、なんで俺をそんなに帰らせたがるんですか?まさか俺が帰ってからじゃないとできないようなことをコソコソ企んでいるとか?」

「なんですかその邪推…。体が資本なので休める時には休んでほしいだけです〜。ただでさえあなたは未成年なんですから。」

「子供扱いはやめてもらえます?」

本当に口の減らない男だ。わたしごときが七種を出し抜ける筈がないことは七種がいちばん分かっているだろうに。
これは1年かけて確実にわたしがレベルアップしたと言えることだが、以前に比べるとわたしは七種の疲労度を見抜くのが格段にうまくなった。手伝いで側にいることが多い故のレベルアップだと思うが、マネージャーとしては何となく誇らしい。今日なんかはかなりお疲れの様子なのに中々帰ろうとしないものだから、秘密兵器を出すことにした。

「ちょっと待っててくださいね。…………はい!これ食べてさっさと帰ってください。七種の分しかないので、日和くんたちには内緒ですよ。」

「!……仕方ないですね。」

冷蔵庫から出してきて差し出したのは、昼間手土産を買いに行ったパティスリーで買ったプリンだった。思わず目に止まり、なんとなく、ほんとになんとなく七種がプリンを好き(本人はそう口にしたことはないが)だったなぁと思って買ってしまったものだ。残りひとつだったため他の子たちの分は買えていない。そういう意味では今日七種だけが残ってくれて良かったのかもしれない。
わたしが絶対に七種を帰す気であることに折れたのか、七種はひとつ息を吐いてプリンを受け取った。じっと見つめていると視線が気になるようで、「なんですか?」と怪訝な顔をする七種に思わず笑ってしまう。

「いや、そうしてると年相応でかわいいな〜と思って。食べづらいですよね、向こう行きますすみません。」

「…訳の分からないことを言っていないで早く俺の分まで仕事をしてください」

「は〜い」

これ以上邪魔をしないようにひらひらと手を振って自分のデスクに戻る。仕事はまだたくさん残っていたが、気分が良いのでまだまだ頑張れる気がした。



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