欲深くなってゆく


試合はブラックジャッカルの勝利で幕を閉じた。
ぞろぞろと足早に会場を出ていく人達の会話からこの後出待ちをすることが聞き取れたが、そんな彼女たちとは裏腹に私は閑散としたコートからしばらく目が離せなかった。
人が殆どはけた頃、そろそろ帰ろうと会場を出た。携帯で電車の時間を調べようと画面をタップしたところで、一通のメッセージが届いていることに気付いた。『18時までミーティングあるからその辺で待っとって』というシンプルな文章に電車を調べる必要もなくなった私は『分かった』と返した。
少し歩いて駅にほど近いカフェに入り、ネットサーフィンで仕事に使えそうなトレンドを調べながら時間を潰す。18時を十数分過ぎた頃侑から着信があった。

「もしもし、お疲れさま」
『おん、今どこおる?』
「駅前の○○ってカフェ。そっち行こうか?」
『いやええ、迎えいくわ』

テンポ良い会話のあと、返事を待たずにブチッと通話が切られた。そうして再び待つこと十数分、チリンというドアベルの音に顔を上げるときょろきょろと私を探していたのだろう侑と目が合った。私の姿を視認した侑は大股であっという間に席まで歩いてきて、挨拶もそこそこに私の両肩を上からガシッと押さえつけ語気を荒げた。

「こンのど阿呆!」
「えっ何何!?」
「なんで途中居なくなってんねん!俺のかっこいいとこずっと見とれ言うたやろ!」

── 名前は俺のかっこいいところだけ見とけばええんやから。

その言葉で試合に誘われたときの会話が思い出された。あぁ、治くんの言う通りだった。最初から侑はそのつもりだった。もうとっくに答えは与えられていたのに、私は何を気にしていたんだろう。
私よりもずっと高い位置にある侑の顔へと両手を伸ばし、少し赤らんだ頬を両手で包み込んだ。

「うん、ごめんね」
「…分かればええ。次は見逃すなや」
「うん」

強く掴まれていた肩から手が離れる。手荒れ一つない美しいそれでいて男らしくゴツゴツした両手が、私が彼にそうしているように彼も私の頬を包み込んだ。そして至近距離で目を合わせて囁かれる。試合の興奮が抜けていないのかバレーをしていた時と同じ熱が瞳に宿っていて、吸い込まれてしまいそうな視線に背筋がぞくりとした。


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「ご飯?」
「おん、今日彼女見に来てた言うたら会わせろってうっさいねん」

だからミーティングが終わるまで待たされていたのか。
カフェを出て侑に手を引かれるまま歩いているが行き先を知らない私がどこに向かっているのか訊ねると、先ほどの答えが返ってきた。彼女に会いたいとうるさい木兎選手を一人では制御しきれず、どうせならと日向選手を巻き添えにしたために今回のメンバーになったらしい。ちなみに佐久早選手も誘ったが断固拒否、他の選手は各々予定があったので断られたらしい。
しかし言葉とは裏腹に侑の顔は嫌がってはおらず、何だかんだ言いつつこの状況を楽しんでいるようだった。
侑に導かれ辿り着いたのは男性ウケの良さそうな赤提灯系の居酒屋だった。待ち合わせであることを伝えると定員に奥にあるパーテーションで仕切られた半個室へと通された。そこには既に日向選手と木兎選手が待っており、色の違う二対の瞳が私を捉える。

「、名字名前です。試合お疲れさまでした!」

当然だが侑も含めやはりガタイがいい。バレーボール選手としては小柄だと言われる日向選手ですら、鍛え上げられ均整の取れた体をしているため私からは大きく見えてしまう。

「ヘイヘイ!ツムツム遅い!俺木兎よろしくー!」

あ、はい知ってます。なるほどとてもマイペースな人だ。この人は平時からこんな感じなのか、と先ほどの試合での木兎選手を思い出して納得してしまった。その横で「日向翔陽です!しぁーっす!」と日向選手が元気な挨拶。
侑から聞く限りでは2人とも癖が強い選手とのことだが、どんなごはん会になるのか──侑に背を押され緊張を隠せぬまま私は席に着いた。

結論から言うと急きょ呼ばれたごはん会はとても楽しかった。日向選手も木兎選手も明るく裏表のない人達で、最初こそ緊張していたのもののすぐに打ち解けることができた。
そして、もう一つ楽しかったのは──。

「へー、侑さんと名字さんは高校の同級生なんですね!」
「当時は接点無かったけどなぁ、」
「あっ俺たちも一応高校からの知り合いなんです!」
「えっそうなの!?」

日向選手の言葉にプロになってから仲良くなったのではないのかと素直に驚いた。日向選手は宮城出身、木兎選手は東京出身、侑は言わずもがな兵庫、一体どうやって高校で知り合うのかという疑問は、木兎選手の「日向とツムツムは春高で対戦したんだよな!」の元気な声で解消された。

「春高、その頃から三人とも上手かったんだ…」
「はい!侑さんすっげー強くて凄かったです!」
「ふふん、せやろもっと言って」
「でも怖かったです!」
「んん?あれ、翔陽くん?」

はて?強くて凄いのに、怖いとは?これには当の本人、宮侑も首を傾げている。
明らかにおかしくなった文脈に「侑って怖かったの?」と聞き返すと「初対面の時の侑さんがもうすっげー怖くて!」と過去を懐かしみ太陽のような笑顔を見せたかと思えば、次の瞬間とんでもないセリフをのたまった。

「"俺ヘタクソと試合すんのほんま嫌いやねん"って初対面で言われました!」
「え、」
「アカーーンッッ!しょしょしょ翔陽くん!」
「ツムツム、それはひどいぞ…」
「ちょぉ、ぼっくんに呆れられるんは割とマジで凹むから止めてくれ」

急に焦りだし慌てて私の耳を塞いだ侑だったが、残念ながらばっちり聞こえていた。
もう一つ楽しかったこと──それは侑がチームメイトに振り回されていることだ。昔から我が道を往くタイプの侑は遠目から見ても周りを振り回していた印象が強かったが、どうやらプロになってからは違うらしい。彼よりも一癖も二癖もあるチームメイトに囲まれたことによって侑が振り回される側になっているのが見て取れた。今だって日向選手の悪気のない一言で、過去の黒歴史を暴露され見たことがないほどに焦っている。
あの宮侑が他人にこんなにも振り回されている。中々見ることができない光景に、自然と笑いが込み上げた。

「侑、そんなこと言ってたの、」
「今は言ってへん」
「いや、今も言ってたら流石にドン引きだから」

私がクスクス笑ってるのが気に食わないのか、ムスッとした侑がウッと言葉を詰まらせ、そして「俺ちょおトイレ!」と逃げるように席を立った。
それを3人でケラケラと笑いながら送り出したあと、木兎選手に訊ねられる。

「名前ちゃんはツムツムのどこが好きで付き合ってんの?」
「えっ!?」

まさかこの中で一番恋愛事に興味のなさそうな木兎選手に恋バナを振られるとは。真っ直ぐな目が私をしっかりと捉え、答えるのを待っている。
酔っ払って過ちを犯したあの日から、侑は私に触れてはこない。抱き締めたり手を繋いだりはするものの、キスやセックスは一度もしていない。きっと侑は待ってくれているのだと思う。普段は不敵で飄々としていて、人の事などお構いなしというような感じなのに、大事な時には驚くほどに優しい。
あの一瞬の隙もなく整えられた美しい手も、あの心の内側を見透かすような目も、抱き締められた時の強さも温かさも全てが愛しいと思う。好きなところなんて挙げればキリがない。
木兎選手になんと答えようか考えて考えて、気付いた。いつの間に私はこんなにも侑のことを好きになっていたのだろう。

「私よりバレーが大切なところ──」

自然でも驚く程に優しい声が出た。

「侑さんも同じこと言ってました」

太陽のように眩しい笑顔を浮かべる日向選手と「いーなー、俺も彼女欲しー」と羨ましそうな木兎選手に心が温かくなった。
侑のことが好きだ。試合中の彼も独り占めしたいと嫉妬してしまうほどに、気付けば私は彼に恋をしていた。