美しいものが欲しくなるの


「ヘイヘイ!名前ちゃんこれも食ってみてよ!」
「いっ、頂きます!」
「ちょ、ぼっくん距離近い!ちょい離れて!」

木兎さんにくいぐいと食べ物を押し付けられる。小皿に取り分けられたそれを両手で受け取り、すぐに口に運んだ。
テーブルを挟んだ正面に木兎選手、斜め前に日向選手、隣には侑が座っているこの状況。さて、なぜ私がブラックジャッカルの主力選手らと食事をしているのか──話は半月ほど前に遡る。


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先日、風邪を引いてしまい寝込んでしまった際に侑はお見舞いに来てくれ、私の意識が落ちる間際お願いしたように寝るまで傍にいてくれた。朝起きると当然だが侑の姿はなく、彼のおかげで熱はすっかり下がり頭はかなりスッキリしていた。
一言感謝を伝えようと思い『おはよう。昨日は来てくれてありがとう。おかげで熱下がったよ』とメッセージを飛ばす。本当は電話で直接伝えたいが、現在の時刻は7時、今日は土曜日だからもしかしたらまだ侑は寝ているかもしれない。起こしてしまっては悪いと思ってのメッセージだった。
しかしそんな心配は杞憂だったようでたった今送ったメッセージにすぐ既読がつき、返事の代わりに着信が返ってくきた。

「もしもし!」
『おはようさん。ん、元気になっとう』
「うん、本当にありがとう。侑がいなかったら今日も寝込んでたかも」

せやろ〜もっと感謝したって、と調子の良い侑の低い声に口元が緩んだ。

「今度お礼にご飯奢らせて」
『そんなん別に──あ、ええ事思いついた!せやったらお礼に俺の試合見に来てや』

まるで名案だとでも言いたげな侑に「私、バレーのルールあまり分からないよ?」と伝える。
私は特にスポーツ観戦が好きな訳ではない。バレーのルールなんて落としては駄目ということくらいしか知らない。私の考えすぎかもしれないが、侑がバレーにかける情熱を知っているからこそ、大して興味もないのに軽い気持ちで見に行くことはできなかったのだ。だが侑はそんな私の気持ちなど知る由もなく続ける。「かまへん、やって…」

『名前は俺のかっこいいところだけ見とけばええんやから』

ストレートな物言いに自分の顔がかぁっと熱くなるのを感じた。この人は本当にいつでも自信に溢れていて本当にドキドキさせられる。
その後に続けられた「まぁルールは試合までに俺が教えるし心配せんでええよ!」の声はあまり聞こえなかった。

試合当日、私は侑から渡された彼の背番号のユニフォームを着て試合会場に来ていた。ユニフォームと一緒に侑から渡されたチケットは関係者席のもので、コートが近くよくプレーが見えそうだった。既に会場には沢山の観客が入っており、特に若い女性が占める割合は非常に高い。その多くは私と同じ侑のユニフォームを着ており、アイドルうちわのような応援グッズを持った女性もままいて、改めて彼の女性人気の高さを目の当たりにした。
やがて会場の照明が落とされて選手の入場が始まる。よく知った顔が黒にユニフォーム身を包みスポットライトを浴びながら堂々たる佇まいで入場してくる。よく知っている顔なのに──私の知らない"宮侑"がそこにはいた。

率直に言うと試合は面白かった。フロアに叩き付けられる男子バレーの醍醐味でもある大迫力のスパイク。相手チームを欺き裏をかく侑のトス回し。目にも止まらぬ多彩な攻撃。
侑がサーブになれば相手チーム全体により一層緊張が走るのが空気で伝わってきた。ルーティンなのだろうか、拳ひとつで応援の声をかき消し静寂を作り出す。いつも私に優しく触れる手のひらから強烈なサーブが打ち出されるのを不思議な気持ちで見ていた。ボールは見事なコントロールでライン際に叩き付けられて、侑の雄叫びとガッツポーズが掲げられた。ノータッチエースだ。


「キャーっ見た今の!?」
「宮侑やばぁっ!」
「あんなにイケメンで強いってほんと推せる!」
「通ってたらいつか認知してもらえないかなぁ」
「案外いけるんじゃない?宮侑って試合中以外だったら愛想いいし佐久早と比べたらファンサもめっちゃしてくれるじゃん」

すぐ側の二階席から侑の名前入りのうちわを持った女の子達の会話が聞こえた。盗み聞きをするつもりなんて全く無かったのだが、話題に上がっているのは自分の恋人の事だ。この場合聞くなという方が無理だろう。
会話を聞いていると彼女達はただのミーハーではなく、ちゃんとバレーボールファンだということが分かった。プレーの一つ一つに賞賛を送り、専門用語も会話の中でたくさん使っていた。彼女達はきっとずっとブラックジャッカルを、侑のバレーを応援してきたのだろう──私が侑と再開するずっとずっと前から。

「っ、」

そんな風に思ってしまったからか、途端に見るのが申し訳なくなった。なんで私はもっとずっと前から彼のことをちゃんと知ろうとしなかったんだろう。

一度考えてしまえばもやもやしてしまい、私は逃げるように席を立っていた。侑、私がいないのに気付いたら後で問い詰めてくるだろうな。
お祭りのように屋台が立ち並ぶ通りを歩く。屋外にはモニターが取り付けられており、試合が生中継されていた。日向選手のスパイクが決まり、1点返したところで背中に聞き覚えのある声がかけられた。

「名字さん?来とったんや」
「お、さむ君…」

そういえば侑から試合の時は出張販売に来ることが多いと聞いていたことをここで思い出した。
治くんは「名字さん関係者席やろ?中で見んくてええん?」と不思議そうに訊ねてくる。それに「ちょっと熱気がすごくて…外の空気吸おうと思って」と返すと何かを察したのか、治くんはちょいちょいと私を手招きした。

「何に悩んどるか知らんけど、これでも食べて元気出しい」

そう言って私の手に一つおにぎりを乗せた。多くは聞かないその優しさが、この手のひらのおにぎりと同様に温かくて、気付けばこの情けない本音を吐露していた。
試合中の彼は私が知る"宮侑"とは別人のようですごく遠くに感じた。侑は色んな人に応援されていて中には学生の頃から応援していた人も居るはずで、私は彼が好きなバレーのことを何も知らない。彼のバレーをずっと見ていた子達が羨ましい。私はなんでもっと早く彼のことを知ろうとしなかったのか、後悔していること。
全てを話し終えた時、治くんはぽかんと口を開けて唖然としたかと思えば、次には声を上げて笑った。

「名字さん、頭ええのにそういうのには鈍いんやなぁ」
「? 」
「ツムの奴がキャーキャー言われとって嫉妬したんやろ」

今度は私が唖然とする番だった。
言い当てられて初めて分かった感情の正体。感じていたもやもやが一つ一つ紐解かれていく。初めて目にするバレーをする侑は最高にかっこよくて、今までにもこの姿を何度も見ていたであろう女の子達を妬ましく思った。こんなにかっこいい侑を他の女の子に見られたくなかった。私も最初から知っていたかったと過去に嫉妬した。ファンの女の子を認知だってして欲しくない、彼の心の中に棲める女性は私だけがいい。
全部全部、嫉妬だった。侑の全てが自分のものだと主張しなければ気が済まない、見た目だけ取り繕って中身はどろりと黒い私がそこにいた。

「侑がせっかく誘ってくれたのに、嫉妬なんかして私ダメだなぁ」
「それってそんなにアカンのん?」

あっけらかんと治くんが言った。

「まずそもそも、彼氏が他の女にキャーキャー言われとったら複雑になるの当然やろ。あいつ性格相変わらず人でなしやけど、外ヅラはええしな。
過去はまあ変えられへんけど、少なくともツムは過去を振り返ってどうこう言うタイプやないで。あいつは多分、過去やのうて今の名字さんに今の自分を見て欲しくて今日誘ったと思うで?」

今の侑──。
モニターを見上げるとちょうど侑のサーブのローテーションが回ってきていた。先程までならここで歓声を止めてサーブのモーションに入っていたのに、侑はカメラに向かって鋭い眼差しで指を差した。ちゃんと見とけよ──そう言われた気がした。モニターの向こうに私がいて今見ているかなんて分かるはずもないのに、まるで分かっているみたいだ。
その時に決まったサービスエースは今日一番の威力とコースで、きゅうっと胸が熱くなるのを感じた。

「おー、こわ」

そういう治くんもどこか楽しそうで。
双子の彼にはきっと何もかもお見通しなんだろう。

「私、席に戻るね」
「おん、またな」

悩んでいたのが嘘のように駆け足で館内に戻った。侑が望むのなら、一分一秒だって見逃したくないと思った。私自身が"今の宮侑"を知りたいと思った。
息を切らして元の席に戻ると一番に侑と視線がかち合った。偶然かそれとも侑には分かっていたのかは分からない。ブラウンの双眸が鋭く細められ、口角は挑発するようにつり上がっていた。
爛々と輝く瞳はやはり私が知る彼より大分好戦的で獰猛でいて、やはり私の知らない色をしていた。