円卓のふち光る

虎杖達が、鳥居紅花その人に出会ったのは6月も終わりに差し掛かった頃だった。
与えられた任務を終えて高専に戻り、敷地内を連れ立って歩いていた、虎杖、釘崎、伏黒は、道の少し先で五条と話している見慣れない女性の姿に足を止めた。伏黒が、横で「あ、」と呟いた。
声を掛ける前に三人に気付いた五条が「やぁやぁ!お疲れサマンサー!」と声を上げながら手を振る。五条の横にいた女性と必然的に合う視線。瞬間、女性の表情がぱあっと華やいだ。

「恵!」
「え、なに、伏黒知り合い?」

小走りで駆け寄ってくる女性に、釘崎と虎杖が興味津々といった様子で訊ねる。

「鳥居紅花さん。高専所属の一級術師で──五条先生の奥さん」
「…………なんて?」

釘崎は思わず聞き返した。くすくすと笑う紅花の背後からゆったり歩み寄ってきた五条が、彼女の肩を抱く。

「だから、僕の奥さん」
「恵の同期かな。初めまして、五条紅花です。ややこしかったら恵みたいに鳥居紅花でもいいよ」

五条の声は語尾にハートマークでもついていそうな甘ったるいそれだった。肩を抱いたまま、米神に擦り寄ってくる男を好きにさせたまま、紅花は呑気にも自己紹介をする。
「へぇ〜先生、結婚してたんだね」「じゃ、ねぇだろ!」バシンッと釘崎の平手が虎杖の後ろ頭に炸裂した。

「いって!何すんの釘崎」
「いやいやいや、もっとツッコミ所あるだろうが!お前の目は飾りか!?」

ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てる二人の横で伏黒はすまし顔だ。その一方で「今年の受け持ちも癖のある子達だね、」「楽しいでしょ?」と新婚夫婦は仲睦まじい。
しかし、この場にいるのは5人だけではない。姿はなくとも6人目はいる。6人目──虎杖の中にいる呪いの王、両面宿儺が場の和やかな空気を引き裂いた。

「懐かしい気配がすると思ったら、随分と愉快な姿に生まれ変わっているなぁ、鬼」
「あ!勝手に出てくるなよ!ごめん紅花さん、こいつ勝手に出てくるんだ」

虎杖の頬に表れた目と口が小馬鹿にしたようにニヤついた。成程、これが五条から聞いていた"両面宿儺"か。虎杖に向けてゆるゆると首を振った。

「噂の両面宿儺ね。残念だけどはじめましてよ。あと、人を見た目で判断しない方がいいわよ」
「ほぅ、そんな小娘の姿で言うではないか。誰がお前を殺したか忘れたか」

酒呑童子を殺したのは両面宿儺だった──これは当時の資料にも残っていなかった事実だ。だが、そんな昔のことは紅花には関係ない。

「知らないわね。私は平成生まれだもの」

紅花は紅花だ。平安に生き、宿儺に殺された"酒呑童子"ではない。「それに、」と紅花は続ける。

「今のあなたは10分の1の力。挑発して私とやり合うことになって困るのはあなたの方じゃない?」

残念ながら完全な宿儺には手も足も出ない。だがしかし10分の1に負けてやるほど弱いつもりもない。
それに現時点では肉体の主導権は虎杖にある。つまり宿儺がどれほど変わりたいと思っても、虎杖の許しがなくては叶わない。現状、宿儺が紅花をどうこうできるはずもないのだ。

「不愉快だ」

その言葉を最後にだんまりを決め込んだ宿儺に紅花は思う。当たりだ、と。

「喋るだけ喋って引っ込みやがった…」
「今のところこうやって喋るだけなんだから、虎杖君はすごいよ」

紅花も酒呑童子の先祖返りなだけあって呪いへの耐性は抜群に高い部類だが、さすがに宿儺の指を取り込んで耐えられる虎杖には及ばない。
更に、無期限の猶予があるとはいえ、死刑宣告を受けた身であるにも関わらずそれを全く気にも留めていない。

──悟が気に入るわけだ…。

虎杖悠仁は大層術師向きである。

「あ、紅花。この後は?」
「報告書出して次の任務待ちだけど、」
「丁度いいから、特別授業といこうか!」

ぱんっ、と五条が手を叩いた。

かくして、校庭に連れてこられた一同である。五条が何をさせたいのか、大体想像のついている紅花は羽織っていたジャケットを脱いで、芝生へと放った。

「3対1?」
「うん。それでいい。三人共、紅花から一本取ったら高級焼肉食べ放題の奢りだよ!術式もバンバン使っていいからね」

「マジで!」「店!店は私が選びたい!」ぴょんぴょん跳ねて盛り上がる虎杖と釘崎を一歩引いたところで眺める伏黒の表情は半分死んでいた。なんせ紅花は伏黒が小学生の時からの知り合いだ。呪術師としてやっていくために、五条はもちろん彼女からも稽古を付けてもらったことは一度や二度ではない。紅花の強さを伏黒はよく知っている。

「恵、やる前から諦めてちゃだめだよ」

ほら、どこからでもどうぞ。刃のない薙刀を構えて紅花は瞳を鋭く細めた。


/


「焼肉はナシだねぇ」

芝生に座って傍観していた五条が残念そうに言った。悠然と立つ紅花の周りには一年生の死屍累々。あの虎杖ですら紅花を前に手も足も出なかった。

「でも紅花、悠仁にはちょっと本気だったね」
「……正直驚いた」

素の身体能力だけでこれだけ戦える人間を、紅花は真希と甚爾以外には知らない。聞けば、虎杖のこれは天与呪縛ではないとか。

「ごめんね。虎杖くん強くてちょっとやりすぎちゃった…痛くなかった?」
「大丈夫!」

元気な返事だ。

「でも紅花さん。めっちゃ強いね」
「当然だよ〜。紅花の実力は実質特級だから」
「「ん?」」

五条から聞き捨てならない言葉が聞こえた。呼吸を整えた伏黒が色々と足らなさすぎる五条の言葉に補足していく。

「紅花さんは特級の打診を断ってる一級術師だ」
「え、なんで?」

「上の方が凄いんじゃないの?」年相応の考え方が可愛くて、紅花がにっこりと微笑んだ。

「特級っていうのはね、良くも悪くも規格外な人達のことなの。悟がいい例でしょ?間違いなく最強だけど、呪術界の誰にも完全に御せれない」

「良くも悪くも、っていうのはそういう意味。逆に、一級術師は全ての呪術師の手本となる人達のこと。呪術界を真に支えるのは一級術師達なんだよ」

特級は確かに凄い。努力だけでは越えられない壁がそこにはある。自分もそちら側の人間だという自覚も紅花にはある。だがそれが彼女の意に沿うかと訊ねられれば、それは否。紅花は"規格外"になりたいわけではない。
突然だが、イメージというのは大切だ。人間はイメージが湧くことは大抵出来るようになっている。だが自分まで"特級"という名の雲の上に行っては、後進達は何を目指せばいいのだろう。その為に、紅花は模範であり続けるのだ。五条の育てる、強く聡い仲間達の分かりやすい指針となるために。

「頑張って、ここまで上ってきてね」
「おう!/はい/えぇ!」

太陽の下微笑んだ紅花に、一年生はそれぞれ気持ちのいい返事で応えた。

「じゃ、皆で焼肉行こうか!」
「「やったーーー!!」」

7月も目前の、夏のことである。


[title by ユリ柩]

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