ほころびを集めて生きていく

自分に割り振られた任務をさっさと片付け、出発前に伝えたとおりあきらの任務に駆けつける。あきらは年の割に、筋のいい戦い方をするがまだまだ弱い。特に近接になると隙が多い。こなせる難度の任務だと判断はしたが、万一があっては困る。できるだけ急いだ方がいい。
彼女の呪力を辿り、院内を走る。あきらへと辿り着く最後の角を曲がったとき、頭から血を流し座り込んだたった一人の生徒の姿に柄にもなく焦った。

「あきら!」

今まさに彼女を喰おうとしている呪霊を、<蒼>で抉り取る。あきらを巻き込まないように威力は抑えて。
振り返った少女の目は生きることを諦めたような、そんな色をしていた。


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「先生、」
「大丈夫?間に合ってよかった」

傍らに屈んだ五条にあきらはゆっくり頷いた。「歩ける?どこか痛めた?」「肋いきました、」なるほどね、と呟いた五条があきらを軽々と抱えあげる。あきらからきゃっ、と小さく悲鳴が上がった。

「せ、先生!」
「肋痛いでしょ?じっとしてなよ」

抗議しようと歩けないことに間違いはない。あきらは口を噤んで、五条の服をぎゅっと握った。

──。
───。
高専へと戻り、五条は報告も後回しにあきらを医務室へと運んだ。重たい医務室の扉を足で開ける。

「硝子いる?」
「いるよ、どうした」

「治療して」

言葉少なにあきらを台へとそっと座らせる。ふむ、と顎に手を当てて少し考えた家入はすぐに反転術式による治療を始めた。温かい光があきらを包む。

「どのくらいかかる?」
「10分も掛からないさ。見た目より酷い傷じゃない」

「運が良かったな」隈の濃い瞳を緩めて家入は笑った。それに何を言うこともなく、再び重い扉を開けて出ていこうとする五条に家入が声をかける。「ついてなくていいのか?」「先に報告してくる」家入に素っ気なく言い放ってから、あきらを一瞥し一言。

「あきらは後でお説教だから」

空より海より蒼く美しい瞳を細めて、それだけ言い放つと、五条はさっさと出ていってしまった。
重たい音を立てて閉められた扉に、あきらは柄にもなく焦った。どうしよう、これは怒っている気がする。

「珍しいな、あいつがあんなに怒るなんて」
──やっぱり怒ってるんだ。

「め、珍しいんですか…?」
「元々分かりやすくキレる奴ではないからな。面白いものを見たよ」
​──家入さん、全然面白くない。

あきらは怪我が治ったあとのことを考え、今すぐ脱兎のごとく逃げ出したい気持ちを抑え込んだ。そんなことをすれば余計に面倒くさいことになる、そんなのはごめんだ。 この後どうやって切り抜けようか、あきらは諦め半分で対策を立てるのだった。


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「で?何か言い訳はある?」
「言い訳って…」

ふかふかの椅子に腰掛けてその長い足を組んで、立っている自分を射抜くように見てくる担任教師にあきらは身が竦んだ。いつもはひょうきんに弾む声も今は少し低く響いて、少し怖い。

「言いつけを守らずに油断してすみませんでした」
「違うでしょ。僕が言いたいのはそんなことじゃない」

は?だったらなんでこの担任はこんなに怒っているというのか。
途端に怒られている理由が分からなくなったあきらの表情が困惑したものへと変わる。
その表情は五条の神経を逆撫でするには十分だった。

「ねぇ、本当に分からない?それともわざと?」
「何言って…、」

一歩、また一歩と壁際に追い詰められる。五条は細身だが190センチを超える日本人離れした身長の持ち主である。追い詰められれば正直怖い。
背中に壁が当たりとうとう逃げ場を無くしたあきらが俯く。その肩は小刻みに震えていたが、それに気付かない五条ではない。先程までまるで理由が分かっていないあきらイライラしていた五条だが、そのあまりの怯え様に冷静になった。はぁー、と長く大きいため息を一つこぼす。

「なんで諦めたの?」

これ以上怯えさせてしまわないように体を離し、努めて優しく問うた。
その時の、顔を上げたあきらの何の事だか分かっていない様子に、五条は目の前の少女が無意識で命を捨てようとしたことを悟った。

「いい、何でもない。とにかく次はもっと抵抗すること。手持ちの呪霊を使えば逃げることくらいはできたよ」
「すみませんでした」

しっかりと頭を下げるあきらに行っていいよと退室を促す。あきらの退室後、天井を仰いだ五条は一人考える。
初対面こそ失礼極まりないし、ちょくちょく口が悪いがあきらは生徒として見れば優等生であるというのが五条の彼女に対する評価だった。だがそれだけだ。彼女がどうして術師を目指すのか、何が好きで何が嫌いなのか、五条は宝生あきらのことを何も知らない。知らないものをどうこうする事は出来ない。
否、知ろうとしていなかったのだろう。機会はいくらでもあった。やらなかった理由は自分でも分かっている。

あきらが呪霊を飲み込む度、今はもう居ない親友の姿を五条は思い出してしまうのだ。

正しい人間が正しいまま在れるように、優しい人間がその心を壊してしまわないように、五条は教育の道を選んだ。しかし、そう上手くいかないもので、一番過去に囚われているのは他でもない五条だった。

「あ"ー、くそ、」
「随分苦戦してるな」

心を見透かしたように薄ら笑いを浮かべた家入がコーヒーを手渡し、部屋の戸棚の中にあるシュガースティックを指さす。砂糖は自分で取ってこいということらしい。

「まぁ学長もいい趣味をしてるが、」

なんたって最初に五条に宛がった生徒がかつての友人と同じ"呪霊操術"だ。きっとこの術式でなければ、五条はこんなにも悩まなかっただろう。
これでも五条とは旧知の中、そして彼の選択を応援してない訳でもない。一つだけ助け舟を出してやろうと家入は言葉を紡いだ。

「私、実はあきらとよくお茶をするんだが」
「は?」
「あとは本人に直接聞け」

[title by 失青]