プロポーズ大作戦@


やってしまった──。
侑は朝の清々しい空気に似つかわしくない、生気の失せた表情で机に突っ伏していた。まるでこの世の終わりでも悟ったかのようだが、侑にとってはその表現もあながち間違いではない。

──俺のトスを一生打ってください!!

昨日憧れのまつりと対面を果たし、感激のあまり口走った言葉の意味を理解して侑は顔面蒼白になった。若干プロポーズ紛いな内容だったことはこの際置いておく。感情が溢れて言い間違えたとはいえ、もう選手としてはバレーができないまつりになんて無神経な事を言ってしまったのか。あれでは嫌味と受け取られてもおかしくない。実際に片割れの治には帰り道で「ツム…あれはアカンわ…」と同情されてしまい、ただでさえ深い傷口に大量の塩を右ストレートでねじ込まれたような気持ちになった。

「アカン、嫌われたらどうしよう、」

まつりに嫌われようものなら侑は生きていけない。最悪の未来を想像してじわりと目に膜が張った。
昨日からずっと机にうなだれたままうじうじじめじめしている侑の後頭部を見つめ、治はため息を吐いた。部活中も家でも学校でも、うじうじじめじめ──きのこ栽培でもするのかと言ってやりたくなった。角名辺りならこの状況を面白がって動画にでも収めそうなものだが、文字通り24時間侑と生活を共にする治からしてみれば、辛気臭いことこの上ない。

「いつまでやっとんじゃ!辛気臭い!さっさとまつりちゃんに謝りに行けばいいやんけ!」
「あ"ぁん!?気安く名前で呼んでんちゃうぞ!」
「キレんのそこかい!」

とんだ強火オタクである。思考回路がブレブレすぎる片割れにあぁもう面倒くさいな、と一瞬見捨ててやろうかと思ったが、放っておいたらいつまでも行動に移さないことは想像に難くない。
それでは治が困るのだ。

「昼休みに2年の教室行くで!ちゃんと謝ってツムの気持ち伝えたら許してくれるやろ」
「せやかて怒っとったらどうしたらええんや…」
「お前の好きな"まつりちゃん"は応援してくれる奴の好意を無下にするような選手やったんか?」
「そんなことない!それは絶対ない!」

バッと顔を上げて断言する侑。今度はちゃんと話すんや、と意気込む片割れを見て、ようやく少しはマシになったと治は息を吐いたのだった。


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「すんません!九条先輩いてはりますか!?」

昼休み、今日も今日とて凛子とご飯を食べるまつりの元に宮兄弟はやってきた。1年生ながら体格もよく、イケメンと呼ぶに相応しい顔立ちの双子は既に学校では話題になりつつあった。そんな双子が揃って2年の教室にやってくるとそれは目立つわけで。名前を呼ばれたまつりは箸をくわえたまま目を丸くした。

「あっ昨日の!宮──えっと、侑君?」
「あかん、感動で心がギュンってなった、」

まさかの名前呼びに、侑の感情がついていかない。昨日に重ねて、余計なことを口走りそうな片割れの背中を戒める意味を込めて治は叩いた。

「あの、昨日失礼なこと言うてしまったん謝りに来ました。本当にすんませんでした!」
「えっ全然気にしてないから頭上げて!」

深々と頭を下げる侑に今度はまつりが慌てる番だった。今朝も尾白が「昨日は双子がすまんかった」と言ってくれたがそもそもまつりは気にしていない。
顔を上げた侑はほっとしたのか、先程よりも緊張が解けた声音で続けた。

「俺、アジア選手権のまつりちゃんのプレー見て、綺麗で虜になってん。中学の時からずーっといつかまつりちゃんに俺のトス打って欲しいって思うてたから、昨日本物のまつりちゃんに会えて勢い余ってしもうて……」

「間違えたとはいえ無神経なこと言うて、ほんまにごめん」と謝る侑に、あぁそういう事だったのかとまつりは心が温かくなった。県内で最も注目されていると言っても過言ではない宮選手にこんな風に言ってもらえる、コートは立てないが選手としてこんなに嬉しいことはない。

「ううん、そんな風に言ってもらえて嬉しい。
大会とかは無理だけど少し体動かすくらいだったらバレーもできるの。それでも良かったら今度打たせて?」
「ほんまに!?約束やで!」

ぶんぶんと手を振りながら去っていった侑の背後に、ゴールデンレトリバーの幻覚が見えたのは気のせいではないだろう。


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ある日の放課後、委員会の集まりを終え部活に行こうとしていた治はまつりとばったり出会った。先日の一件(稲荷崎男子バレー部では宮侑プロポーズ事件と名付けられた)ですっかり顔見知りになってしまったので、素通りもできず治は軽く頭を下げて挨拶した。

「こないだはツムが迷惑かけてすみませんでした」
「ツム……あぁっ侑くんのこと!本当に気にしてないの。宮治君は兄弟思いなんだね?」
「治でええですよ。そんなことないですよ、四六時中ジメジメしてうざかったんで、優しさとかやないです」

双子と言えど別の人間なので、常に二人一緒に行動している訳では無い。治からしてみれば放っておくこともできるのにそうはしなかった。それを兄弟思いと言わずになんというのか、まつりには分からなかった。
出会ったばかりの双子だが何だかその関係性が微笑ましくて、ふふっと小さく笑った時だった。

ぐうぅぅ〜〜〜。
「…………すんません」

治のお腹が盛大に鳴った。流石に恥ずかしかったのかバツが悪そうに顔を逸らす治に「お腹すいてるの?」とまつりが問いかけた。

「空いてます。昼に購買で買ったパン、何個かツムに取られたんで」
「そ、れは大変だね」

思い出して腹が立ったのか明後日の方向を見ながら半ギレの治に、まつりはそういえばと鞄の中を漁った。

「はい、これあげる」

取り出されたのは透明な袋で包装されたクッキーだった。驚いた顔で両手を揃えて差し出した治の手のひらの上にそれを置く。
「午後の授業、家庭科実習だったの。丁度食べ物持ってて良かった」と笑ったまつりが空腹の治には女神かのように見えた。ありがとうございます、とちゃんとお礼を言ってそのクッキーを大切に抱えて治は足取り軽く部活へと向かったのだった。

ハードな練習の後には腹が減る。腹が減りすぎたがゆえに一足先に自主練を切り上げ、治が部室でまつりからもらったクッキーを食べていると、侑も今日はもう終わりなのか戻ってきた。
どう見てももらい物であるクッキーを目ざとく見つけ「美味そうやな、一枚ちょーだい」と強請る。

「嫌や。昼間俺のパン勝手に取ったやろ。これはその変わりに貰ったもんや」
「へぇ?誰にもろたん?」
「まつり先輩」

あーん、と治がクッキーを一枚口の中に放り込む。美味い。ギギギ、と侑の首が機械が軋むような動きを見せた。

「誰がくれたって…?」
「せやから、まつり先輩やて」
「なんっっっでやねん!!!こんのクソサム!今日という今日は許さん!」

聞き間違いではなかった。怒り狂った侑が治に掴みかかるが、元はといえば侑の自業自得なのだが、まつり手作りのクッキーの前ではそんな事は関係ない。そして治も一日に二度も食料を取られるなんて断固拒否だ。結局、部室で殴り合いの大喧嘩に発展してしまい、残っていた部員全員で押さえて最終的に事なきを得たのは余談にさせて頂く。