球技大会A
「九条ー!りんごー!いったれぇー!」
「凛子ー、まつりー!頑張れー!」
「勝ったら打ち上げ代タダやーっ!」
球技大会女子バレーボール決勝戦、順調に勝ち進んだまつり達のクラスは、当初の想定通り3-5と当たっていた。決勝ということもあり、大盛り上がりを見せるギャラリー。しばしば欲望塗れの声援が聞こえるのはこの際置いておこう。
そしてそんな中でも一際存在感を放つのが──。
「まつりちゃーんっ!頑張ってやーっ!」
初戦から今まで一貫してビデオカメラを構える宮侑である。ちなみに、サッカーに出ていた宮兄弟のクラスは3回戦でサッカー部が多くいるクラスに敗退したらしい。負けず嫌いの双子であるから不公平だなんだとゴネながら悔しがるのかと思いきや案外そうでもなかったらしく、こと侑に至っては「これでまつりちゃんの試合が全部見れるやんか!!」と嬉々としていたそうな。なお、これらの情報源は全て角名である。
「相変わらず双子くんまつり信者やね…」
「2回戦とか尾白が代わりにビデオ撮ってたやん…」
「アイツ、プレー中まつりの集中乱したらサーブぶつけたる」
チームメイトでクラスメイトの女子も初戦での侑のテンションが決勝まで続いているとなれば少し苦笑い、そして同担拒否の凛子はさすがに我慢が限界を超えたのか少々気性が荒かった。
しかし当人であるまつりはそんなことを気にして心が乱れる選手ではない。侑を筆頭に声援を送ってくれる見知った男子バレー部の面々にまるでファンサービスかのごとく笑顔で手を振り返した。
そうして始まった決勝戦。コート上の選手6人中3人がバレー部である3-5は当たり前だが手強かった。全く点が取れない訳ではないがどうしてもまつり達のクラスが何とか食らいついている──という試合の流れになってしまう。
「はあっ、先輩ら強すぎやろ」
「うん、強いね」
「まつりどうする?」
必死に食らいついてスコアは21-24、相手のマッチポイントである。サーブ順はまつりの番だ。
まつりがボールを二、三度フロアに叩きつけてバウンドさせながら、真剣な声できっぱりと言い切る。
「どんなに難しいボールでも、レシーブが上がったらとにかく高いトスを上げて。あとは私が決める」
自信に満ち溢れたまつりの姿に、凛子は思わず震えた。いっそ傲慢とも思えるほどの"打つ"ことに対しての執着と、何がなんでもトスを寄越せという遠回しの脅迫。必ず応えてみせると気合いを入れて、凛子は自身の両頬を打った。
あと1点!あと1点!と相手コートからコールが聞こえる。普通ならば焦ってミスをしてしまいそうな場面、顔色一つ変えないまつりは逆境を楽しむかのような笑顔で高くサーブトスを上げた。強く床を蹴る音、大きく跳躍し力いっぱい腕を振り抜く。凄まじい威力で相手コートに飛んでいったボールはバレー部の先輩の腕を弾き飛ばし、明後日の方向へと落ちた。
あまりにも力強く美しく攫われたその1点にわっ!とギャラリーが沸いた。
「もう1点…」
まつりのサーブ2本目、同じくジャンプサーブを繰り出し、人と人の間を上手く狙いお見合いを誘った。ノータッチエース、これでスコアは23-24だ。
あと2点──せめてレシーブを崩してチャンスボールを返させる。まつりはじくじくと熱を持って痛みだした右肘に気付かないふりをして、3本目のサーブトスを上げる。先程までと同じように腕を振り抜こうとして、ずきりと肘に鈍い痛みが走った。
しまった、と思った時には既にボールは打ち出されていた。先ほどよりも高度も威力も低いサーブがネットの白帯に引っかかり、そのまま相手コートに落ちる──ネットインだ。
「すげぇ!追いついた!」
「あと1点!」
「あと1点!」
相手と自分達両方のギャラリーから再び聞こえてくる「あと1点!」のコール。そう、あと1点──これがラストプレーだ、耐えろ最後まで。
自分を奮い立たせて高くボールを上に放る。そのまま今日一番の威力で打ち出されたサーブは、現役選手の意地か乱されながらも上げられた。しかしそこから攻撃に繋げることは難しく、まつりと凛子以外に取らせるように狙って返球をされた。
「あっ、ごめん!」
「オッケー!任せて!」
こちらのレシーブも乱され、アタックライン辺りに飛んだ低めのレシーブに素早く滑り込んだ凛子がトスを上げる。まつりが求めた高いトスを。
「ナイストス!」
しっかりと助走をし、まるで羽根があるかのようにまつりが高く跳ぶ。空中でも全く乱れない空中姿勢はお手本のようで、1年以上のブランクを抱えているとは思えないほどに美しかった。
痛む肘を我慢して、強く腕を振り抜き放たれたスパイクはレシーバーの腕を弾き飛ばして、コートの外に落ちた。
スコアは25-24、まつり達の勝利である。
「まつり〜〜っ!」
「わっ、わっ!」
試合終了のホイッスルの直後、駆け寄ってきたクラスメイトがぎゅうとまつりに抱きついた。すごいすごい!と興奮気味な女子達を受け止めながら、これまた"九条まつり"のスパイクに興奮気味な凛子とグータッチを交わした。
その後、クラスメイトがようやく落ち着いて離れてくれた頃に、まつりが対戦した先輩にもお礼を言いに行くと「ブランクあるとか嘘やろ、世界怖いわぁ」とケラケラ笑いながら逆に握手を求められた。
最後の最後に勝つために本気を出した形になってしまったので、あまりよく思われていなかったらと思ったが完全に杞憂だったようで、ほっとしたのはここだけの話だ。
「今度身体動かしたくなったら女バレ来てや!九条さんならいつでも大歓迎や!」「次はスパイク拾ったる!」「九条さん待ってるで!」とまつりの肩やら背中を軽く叩き、去っていった先輩を軽くお辞儀をして見送った。
「まつりちゃん」
ふう、と一息ついたところで背中に声がかかる。
振り返ると侑がいた。聞けば、角名と治は試合を見届けたあとどこかに行ってしまったようだった。
「来て」
侑がまつりの左手を取って、行先も言わずに歩き出す。さっき名前を呼ばれた時もだが、いつもの大きな声とは正反対の静かで低い声だった。
/
侑に連れていかれた先は保健室だった。
養護教諭はあいにくと不在らしい。侑は導くようにまつりを丸椅子に座らせてから、棚から勝手に湿布と包帯を漁ると向かいの椅子に腰かけた。
「痛いやろ?湿布貼るから右肘出してや」
「侑くんなんで分かったの?」
周りに気を使わせたくなくて気付かせないように努めたし、実際誰も気付かなかった──侑以外は。
「まつりちゃんのプレーは何回も見とる。途中から我慢しとったのも俺にはバレバレやで」
得意げな侑が未だにズキズキと痛む右肘に湿布を貼る。「ありがとう」と微笑んだまつりに、侑の胸の奥はきゅうっと熱くなった。
試合の最後、明らかに纏う空気が一変したまつりに侑の心は喜びに震えた。見せた気迫もプレーも表情も、自分が惚れ込んだ九条まつりのバレーボールそのものだった。過去の中にしか存在しないと思っていたその情熱が、今も確かに彼女の中にあると知り、侑がどれだけ嬉しかったか、きっとまつりは知らないままだ。
「ほい、出来たで!」
湿布が剥がれないように包帯まで緩く巻いてくれたその完璧な処置にまつりは「ありがとう。さすが器用だね」と笑った。
「痛かったらちゃんと病院行くんやで?」
「侑くんって意外と心配性?」
「まつりちゃんにだけや」
「ふふふ、ほんとかなぁ」
ほんまなんやけどなぁ。この様子だと完全に冗談だと思われている。少しくらい意識してくれてもいいのに、まつりにそんな素振りは全くない。残念な気持ちがない訳では無いが、それも「あー!試合楽しかった!」とご機嫌なまつりを見ていたらどうでもいいかと思えるので、侑も大概単純である。