他人といえど、悲しい時に誰かがそばにいてくれることの、なんと安らぐことだろう。いつも一人で泣いていたから、こんな安心感を覚えたのは本当に久しぶりだった。悲しみの暮れに終わりを見たような気がして、なんだか妙に心が落ち着いていた。そう思わせてくれたのは、やはり他人のわたしなんかに付き合ってくれた、猫背の彼のおかげだった。


「…ありがとうございます、」
「気ィ済んだの」
「はい、落ち着きました…」
「よかったね、それじゃ」


わたしの涙が止まり、もう大丈夫だと察してくれたのか、今まで何をするでもなくじっとしていた猫に数個にぼしを上げて立ち上がった。地べたに座り込んでいたせいでお尻が汚れてしまったのか、ぱんぱんと数回はたいていた。今度こそ帰ってしまうのだろうか。わたしは先程までの焦燥感とは別の意味で、もう一度彼を呼び止めた。


「あのっ!」
「…なに。まだ何かあるの」
「い、いえ、その…本当にありがとうございました」
「別に」


立ちあがって頭を下げた。ぶっきらぼうだけどほのかに優しさを含んだような彼の返答に、心がじんわりとあたたかくなるのがわかった。


「お、お礼をしたいので、その、」


こんなに誰かに優しくされたのは本当に久しぶりだから、何とかお礼がしたかった。感謝の言葉だけでは済ませられなかったのだ。しかし彼は「いらない。もう遅いし速く帰りなよ」とわたしの言葉を一蹴した。わたしが食い下がろうとしたところで、いよいよ彼は腫を返し歩き出してしまった。
どうしよう、このままもう会うことがなくなってしまったら。
わたしは彼に縋りついた時のような気持ちになり、思わず口をついた。


「わっわたし名字名前といいます、またここに来ますか」
「…来ない。今日はたまたま通りかかっただけ」


にぼしの袋を持ってわざわざこんなところに来るなんて、きっとたまたまなんかじゃない。馬鹿なわたしでもそれくらいはすぐにわかった。彼だって、こんな嘘が通用するはずがないと思っているに決まっている。何か言いたい。またここに来ますと。今度はお礼を持ってと。

しかしわたしの口からそれ以上の言葉が出ることはなかった。すぐにばれてしまうような嘘をついてでも、もうわたしなんかに会いたくないんだろう。きっと、そういうことなんだろう。ただでさえ、「一人になりたくない」というわたしの自分勝手な理由で、彼の貴重な時間を無駄にさせてしまった。その上また会いたいだなんて。自分が思っていたよりわたしという人間は欲深で身勝手な人間なんだと痛感した。


それなのに、それを押し退けてでも「また会いたい」と思っている自分がいた。
優しくされた人だから?お礼がしたいだけ?
自分の気持ちなのに、確信が持てなくて戸惑った。だけど、会いたいという気持ちだけは本物の、嘘偽りない気持ちだった。早足で立ち去る丸まった背中を、わたしはいつまでも見つめていた。




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