エッセイ *恋愛
彼女は作業着
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*プロローグ[君は遅刻常習犯]



ざわついた金工の彫金部屋で俺は唸っていた。これから作るブローチの案を練らなければならないのだが、こうゆうのがめっぽう苦手なのだ。

作業に取り掛かれば驚く程の速さで事を進めてしまうことが出来るのに嫌になる。


スケッチブックには30分掛けて描いた出来そこないのデザインが2つ。ありきたり且つ想像力がないものだ。先生に見せてもこれでは通らないだろう。困った。



「先生、出来た!もう11個も描いたよっ」

俺とは反対にニコニコしながらスケッチブックを見せに行く彼女が憎らしく思えた。

「面白い案だな、これなんか作ってみたらどうだ?少し寂しいから書き直してもう一度持ってこい」

「えー、はーい」


具体的な指示を貰ったのに何だかやる気のない返事が聞こえる。

どうせ俺の2つのデザインは指示を貰う以前の問題なんだろう。そう考えると腹立たしく感じた。なので気付けば折角描いたそれらを消しゴムで強くごしごしと擦っていた。


「おい、お前何をしている」

「……」


先生が近付いて来て側に立つ。


「気に入らないデザインだったので消しました」


簡潔に、少し低い声で答えた。


「消したらいかんだろう、何でもいいから描いていくことに意味が有るのに何をしている」

「すいませんでした」


よく分からなかったが消した事について叱られてしまったので謝った。感情はこもっていない。


「お前本当に分かってるのか?」


煩い、早くどっかへ行ってくれと思った。ちらっと横目でさっき案を11個も出した女の子へ目をやると、楽しそうに図案を描いていた。

何で俺ばっかり、そう苛々した。




実習は隣のクラスと合同で行う。と言っても金属工芸コース、木工コース、漆芸コースと別れて集まるので授業は1クラスよりは少し少ない人数になる。


「修二、さっきはなんか怒られて可哀想だったなぁ」

休み時間中に友達の耕太郎の右手が、ぽんと『君明日から来なくていいよ』と言う部長風に、俺の左肩に来る。


「ほんまや、マジウザいん」

今は先生も居ない為好き放題言えるので残っていた苛立ちから少し大きめの声を出していた。


「別に消すなとか元々言われてないのにな」

「ほんまソレ!!勘弁してくれよって感じ」

俺の気持ちを汲み取ってくれる良き友の言葉に少し気が楽になり、あ゛ーと溜め息をついて机に突っ伏した。


「てかお前デザイン何個出来た?」

「2個、消したけどな」


「ちょ、お前」

答えた途端、俺を馬鹿にして耕太郎は声を出して笑った。少し感に触る。


「そういうお前はいくつだよ」

「俺でも6個出来たっつの、2個って、しかもそれさえも消したとか…お前馬鹿か?」

何故か彼奴は更に笑い出してしまった。


「悪いかよ!」

「違うよ、面白過ぎんだよ!」


何がだ、こっちは全く面白くない。それに何でこんな奴が俺の3倍思い付いているのだ。

だが上には上が居て、授業中にスケッチブックを見せに行っていた女の子は同じ時間でそいつの約2倍、俺の5.5倍案を出している。


下らないことで馬鹿笑いしながらお腹を抑える友人はほおっておき、ぼんやりと周りを眺めた。

俺の科は女子の方が多い、その為大半を占める世間話をしたりふざけ合っている甲高い声に少しうんざりする。



「もう、筆箱返してよ」

ふと見ると俺の5.5倍の想像力を持つ彼女は友人2人に遊ばれていた。

「嫌ぁー」

「ほらほらぁ」


あちこちに多分彼女の筆箱が移動させられて、取り返すことが出来ずにぐずっていた。


「馬鹿ぁ!」

あぁ、可哀想に。


「え、広奈もう諦めちゃうの?面白くなーいっ」

「もういいもん、無理だもん」


そう言ってそっぽを向いて子供じみた仕草をするのを見て、可愛いなと思った。それから彼女は友達2人の挑発をひたすら無視した。

暫くすると遊びに飽きたと思われる一人の友達が、おもむろに作業服のポケットから小さく包装されたお菓子をバラバラと机に置いた。
無視を決め込んでいた彼女のツンとした表情が一瞬消えた。


「ほらぁ…広奈の大好きな小梅ちゃんだよ、これあげるから機嫌治しな」

そう言い飴を広奈と言う子の手に握らせた。

「そうそう、てか朝ご飯食べてないんやろ。丁度いいやんもらいーよ、そして私にも頂戴」

「マジで!ありがとう」


しかしそう言い彼女が包み紙を開けようとした瞬間、飴を握らせた筈の友人がそれを奪い去った。残念ながら俺はそれを予測していた。
ぽかんとした広奈と呼ばれていた子の表情がとても悲しく思える。


「え、」


「ばーか、引っ掛かったぁ」

「やっぱり広奈は可愛いねー」


筆箱は盗られたまま、貰えると思った飴さえ結局貰えず終い。俺はパン持ってるからそれを恵んであげたいと本気で考えた。今の彼女なら泣いて喜びそうだ。




「酷い…っ」

とうとう彼女の目が潤む。

そこの友達2人もう苛めるのは止めてくれ、そう願った。しかし同時に涙を見てみたいとも思ってしまっていた。



何故なら彼女のその表情が愛しく思えてしまったから。

いつの間にか俺が弱いこの子を守れたらと切望していた。
何故か見れば見る程可愛く思えてしまう。初めての一目惚れ且つ初めての恋だった。



あの子の名字何ていうんだろ。

彼女の着ている作業着の左胸にしてある刺繍を確認した。

「石川」

そう書かれてある。石川さんて言うんだ。俺は暫くちらちらと彼女の様子を伺った。

そして気付いたことがある、彼女は夏がだいぶ過ぎているのに半袖なのだ。華奢な腕をしてそんな薄着で寒くないのか不思議になる。きっと元気な子なんだ、そう思い込んだ。

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