エッセイ *恋愛
生殺しの体温
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*漂う


好きな人の匂い。好きな人がいた場所。好きな人が使ったもの。好きな人が着ていたもの。


それらはどうも、私をドキドキさせる。



目を閉じていても分かる、その人の持つ匂い。
決して不愉快な臭いとかではなくて、ただ「あぁ、あの人の汗かな」って何となく判別できる程度の人間の香り。


だから職場の女子更衣室にはドキドキが潜んでいる。だって、私の好きな人は同じ職場に居るのだから。

ただ、残念ながらその人はほぼ無臭であまり匂いがしない。それだけ色々と気を遣って、清潔にしているからだろうけど。

殆ど匂いなどしない人だけど、この人も匂いが漂う瞬間がある。それは夏場汗だくになった帰り、更衣室で服を脱ぐときだ。制服のポロシャツをベロンと勢いよく捲りあげた瞬間、僅かに女性の色気を含んだ汗の香りがする。それを嗅ぐと本能的に、汗ばんだ肌に顔を埋めて思い切り息を吸ったり吐いたりしてみたくなる。

変かな、やっぱり発想が変態かな。


「はぁ〜、今日も暑かったね。もうシャワー浴びたいー……」

タオルで自身の体を下着姿のままぬぐい、服を脱いで髪が乱れたままに気だるい感じで。好きな先輩に何気なく今日も話しかけられる。

「そうですね。ほんともう、ベッタベタですよね。肌」

無防備な姿を横目に一人ずるいことをしているみたいで、胸のあたりが窮屈になった。もっとこの人の肌や体の丸みを捉えて目に焼き付けて置きたいのが本音だけど、後ろめたさとどうにもならない恥ずかしさから直視はしない。


「でも、ここはクーラー効いてて気持ちいいね。天国だわ」

「確かに。天国ですよ、ほんと」


こうして片思いの相手と二人きりで半裸の開放感。最高ですよ、確かに。天国ですよ、と違った意味付けの『天国』を、一人噛みしめていた。

ふっ、と見せる緩んだ表情も愛しくて見惚れている。あぁ、やっぱり好きだこの人。


首振りにしてある扇風機の風に当たりつつ、汗拭きシートの紙を取って首や肩を撫でる。ヒンヤリとした清涼剤が、風でより冷感を増して気持ちがいい。

あぁ、気持ちがいい。やっぱり、恥ずかしい。


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