エッセイ *恋愛
貴女と二人で[長編]
[10/11]



「仕上がりは、まずまずって所かな」


スタジオ練の最後、来週を本番に迎えるライブのセットリスト通りにMC込みでひと回しし終えてみて、ミチさんが言った。


「案外形になってきたねー。この前までまとまるかどうかって所だったのにねぇ」


ルカさんが声を飛ばし、土壇場で発揮される各自の力に感心してみせた。

確かに、今回は格段にバントの音が上手く機能して音がまとまりつつあった。前回のちぐはぐ過ぎるスタジオ練の時からは、大きく進歩したといえる。


「ひかるん、ギター間に合ったね」


サチさんが小さく拍手していた。よし子さんも、ほんとだーっと眼鏡の奥から満遍の笑みを覗かせる。
思わず顔が綻んだ。メンバー1のへっぽこ野郎でミスが過ぎる自覚はあるが、それでも皆にわかる形で成長を見せれたことに安堵していた。


「へへ、ちょっとだけ頑張りましたっ。ライブまでもうちょいですし頑張ります!」

「おうっ。頑張るぜー!」


ミチさんが、少年みたく無邪気な笑顔で拳を突き上げる。他のメンバー達も、おーっと続けて威勢よく声を上げた。





スタジオ練が終わったばかりの部屋は、ごたごたと気忙しい。
終了5分前くらいに一斉に片付けに取り掛かるのだが、ギターの片付けは小物類が他のメンバーより多いからてんやわんやだ。

私の場合、5mのシールドが2本に、エフェクターが3つ、エフェクター用の電源アダプターに、譜面台とかその他諸々といった具合であるが、ケーブル類がごちゃごちゃに絡まないように一応は整えながら片付けていくので、他のメンバーより時間が掛かってしまうのはどんなに急いだ所で必然という訳だ。

ボーカルやキーボードはいいよなぁと憎らしく思ってしまう。片付けする物もせいぜい譜面台とかマイクのラインケーブルくらいだし。ドラムなんて、スティック2本で終いだ。私だけ「まだかー」とか言われ、結局急かされる羽目になるのは分かり切ってることだし、この所の寝不足続きもあって苛々した。



ガチャッ、と重たい二重扉を開けて女性店員が入る。
終了時間の数分前くらいになると、人気店などでは円滑な客の入れ替えのために店員も一緒になって片付けを手伝うことが多いから女性店員もそれだった。


「わぁ、ここの部屋なんかいい香りがしますね〜。女子、の香りですかね。やっぱ」


愛想のよい若い店員が、部屋を見渡していた。

ドア付近に居たサチさんがニコニコしながら「そうですかねぇ?」と聞く。ドラム奥のルカさんが「野郎だらけの部屋はクッサいもんねぇ〜」と、通る声で冗談っぽく嘆いた。


「大体スタジオは野郎共が多いけど、入った瞬間獣の臭いする時あるよね」


ミチさんもルカさんに続いて男どもの不満を、顔をしかめながら溢した。


「あはは、ガールズバンドですか? 楽しそうでいいですね」


店員はアンプの向きを整え、譜面台を所定の部屋の隅に手際よく移動させながら会話を続ける。
そうしながら店員はほんの数分で私たちと打ち解けて、楽しそうにガールズトークに混じっていた。

片付けに手一杯の私は会話に加わることなく、黙々と手を動かすばかりだったけど。



店員達の話を聞き流しながら、なぜか頭ではルカさんがスタジオの部屋に入って消臭スプレーを振り回している姿が浮かんでいた。

ミチさんの言うように、スタジオでは男臭を感じることはよくある。

中で目一杯演奏してたら汗くらいはかくだろうし仕方ないとは思うけど、男の汗とも何とも言い難い「何か」が混ざり合って充満した密室に踏み入る瞬間には、うっ、と息が詰まりそうになることもしばしばだ。

そんな時、即座にスタジオに大抵備え付けてある消臭スプレーを手にして、部屋の浄化を行うのがルカさんだった。


ふと、店員はこの部屋がいい匂いがすると言っていたけど、何故だろうと疑問に思った。

サチさんはよく汗拭きシートで休憩中も体を拭いていたからその匂いなのかな……とか。そもそも、ドア付近に立っていたサチさんの服の柔軟剤の香りなのかな、とか。


「ひかるん、みんなで先出てるね」


サチさんに声を掛けられ、顔を上げる。丁度、サチさんの香りを記憶から引きずり出そうとしている最中だった。


ぞろぞろとスタジオから退出する皆を見送りながら、ぱっくり開いたギクバックにギターをいい加減に突っ込んだ。
アンプの上に点在する、チューナーや携帯などをさらって所定の場所に収納し、私は忘れ物がないか見渡してみる。

やっと片付けが終わると気が抜けたせいか、ズキズキと頭が痛み出してきたのが分かった。


「ん、……ひかるん?」


もう一度部屋に入ってきたミチさんが、私を気にかけた。


「あ、もうちょいですから。片付け。お待たせしてすみません」

「それはいーんだけど。なんか、大丈夫か?」


ミチさんは私の顔を覗き込む。


「ちょっと寝不足続きで、急に頭痛が……。まぁ、鎮痛剤でも飲んどけば大丈夫ですから」

「無理し過ぎるなよーっ」

「ありがとうございます」


心配そうな視線を送りながら、忘れ物はないかー? と、アンプの周辺を見渡した後、私が部屋を出るのに合わせてミチさんも外へ出た。


ぞろぞろと、受付周辺にみんなが固まっていて、私たちに気がついたサチさんが680円ねー。とアナウンスする。
列になって一人づつ会計を済ませていく中、お腹空いたーやらアフターどこ行くーなどの話が聞こえた。

隣で会計の列に並んでいたミチさんに、「引っ越しの準備も残ってるので、今日はそのまま帰りますね」と要件を伝えた。


「おお、大変だけど頑張れよ」

「はい、頑張りますっ」


ミチさんは気遣うふうな素振りで、はにかんで笑っていた。

ミチさんや私の会計が済むと、みんなエレベーターへぞろぞろ移動し始める。
エレベーターに乗り込むとさっきの店員がエレベーターの扉前まで来て、ありがとうございましたーっ。と腰を折り、丁寧に見送ってくれた。


「いい感じのお姉さんやねぇ」と動き始めたエレベーターの中で、サチさんとルカさんはすっかり感心していた。このスタジオ感じがいいから、またここで予約しない? と、サチさんがノリノリになって提案して、メンバーも賛成していた。

地上に着くとエレベーターから吐き出されて、道の脇に自然と集まるメンバーに、ミチさんが声を掛けた。


「ひかるん引っ越しの準備で忙しいから今日は帰るってさぁ」

「ミーティング一緒出来なくてすみません」

「そっかぁー。引っ越し頑張ってねっ」


ルカさんが人懐っこい笑顔で頷き、両腕でガッツポーズで応援してくれた。私も笑顔で応じる。


「ライブ前なのに引っ越しの準備は大丈夫なん?」


サチさんの真っ直ぐ向かってくる視線に思わず苦笑いで返した。猫ヤンキーのライブでの帰り道で同じような質問をされたような気がする。


「えっとー……。実はだいぶヤバくて、誰かに手伝って貰いたいくらいですよ。助けてー、って感じです」

「わぁ、大変だねー。今頃ひかるんの家は段ボールハウスかな」


皮肉を込めた言葉の調子が、重たい頭の隅に引っ掛かる。ミチさんが、徹夜だ、徹夜〜っと調子に乗ってはやし立てていた。


「下手したら、そうなりそうです」


力無くお手上げして見せると、背後から肩を叩かれる。
振り向くとアッキーが、ひかるんご愁傷様だね。と哀れなものでも見るような目で、冷ややかに笑っていた。


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