創作小説 *生活
雨のにおいと高架下
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 高架の下、雨のしのげる場所。人通りも疎らな夜に、僕はあまり上手くもない歌とギターを披露していた。雨がしのげると言っても、時折吹く方向の定まらない風が細かい雨粒を運んできてギターの側面に貼りついてくる。楽器は水を嫌うのを承知していながら、敢えてギターを虐めていた。
 ここでは自分の持ち曲2曲を延々繰り返しやるのが常だ。立ち止まる人は居ないから、繰り返しに飽きるのは自分だけだから別にいい。もはやこれは、しつこいただの公開反復練習だった。
 半時間ほど経ち、雨脚が少し弱まってきた頃珍しく足を止める女性が居た。傘もなく、白のTシャツが雨で透けて肌に張り付いていた。手には恐らく酎ハイの缶を持っていて、ぷらんぷらん揺らしている。
 ちょっと変な人だなと思いつつ、2曲目を終えた後に僕は声を掛けてみた。
「風邪引きますよ、こっち側のが雨まだマシですけど」
「そうだね」
 とぼとぼと、缶を片手に彼女はこちらに来た。よく見ると落ちたマスカラや、よれたアイメイクで目がドロドロだった。それと雨のにおいに混じって、酒やら汗やらの臭いがして息苦しくなる。
「はぁ……。これくらい、ゆっくり見るライブが丁度いいね」
 雨にこれだけ濡れながらなのによく言えますね、と内心突っ込んでいたが口には出さなかった。
「そこのライブハウスに行ってたんだけどね、モッシュが激し過ぎて吐きそうだったよー。揉みくちゃ過ぎて途中ブラジャーのホックも外れるし、最悪」
「それはちょっと危険ですね」
 堂々と透けているその赤いブラジャーのホックも大変だな、と軽く同情する。ただ初対面の男性に対していきなりそれをぶっちゃけてしまうのは、酔いがだいぶ回っているからなんだろう。僕は苦笑いした。
「ライブは痴漢する奴も居るからねー。今回のは女性ファンが多かったから、どさくさ紛れにホックも直せたけど」
「ははっ、凄いですね」
 やや乾いた声で笑うしかない。隣の女性はフワフワ揺れて、愚痴を言っている割には機嫌がよさそうだった。
「いい歌だね。なんかどっか暗いんだけど、歌詞がすごい耳に残るんよね」
「ありがとうございます。こういうのは雨模様に合いそうでしょ」
「確かにそうかもね!」
 汗や酒で臭い女は、乱れた髪の毛の間から無邪気な笑顔を覗かせた。
「というか、風邪引く前に早く家帰った方がいいですよ」
「んー……、でも。今はもう少し君の歌を聴きたい気分かも」
 期待した眼差しがこちらに向く。
「はぁ。仕方ないですね、じゃあ最後に一曲だけ」
 ギターのボディーを3度ゆっくりノックして、僕は歌を始めた。


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