創作小説 *生活

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 こじんまりとして少々くたびれた駅が琴海の最寄り駅だった。遅刻魔の彼女だったが今日は早々と駅に着き、緩やかな階段を足取り軽く上がっていた。待ち合わせ先では大抵小走りで息を切らしている彼女だったが、珍しく落ち着き払っていることに晴々となる。
 待合所の薄っぺらな座布団の上に座ってプリペイド式携帯を確認するも連絡はない。人を待つのに慣れなくて、どう時間を潰したらいいんだろうと彼女は思った。
 ふいに、美希と二人だけで街へ出掛けるのは初めてかもしれないなぁと考える。美希とは小学高学年からの付き合いだったが、特に仲良くなったのは去年くらいだ。琴海は去年からこの携帯を持っていたが、中学生というのもあって友達で携帯を持っているのは美希だけしかおらず、連絡を取り合うのも美希だけだった。プリペイド式携帯なのでメールはショートメールしか送れなかったが、美希と短いたわいもないやり取りを重ねるうちに親しくなっていったような気がする。
 小石と靴が擦れる音に気がついて階段の方を向くと、美希が「よっ」と手を上げていた。おぅ、と琴海も機嫌よく応じる。
「今日は早いんやね。寝坊せんかったん?」
 琴海の隣に腰を落として揶揄からかった。
「学校なんかより全然遅いから余裕やし」
「偉いやんっ」
「まーあねぇ」
得意げな笑みを浮かべて琴海は身を乗り出した。
「そういや今日、寒ない?」
 琴海を見つめる彼女の頬は赤らんでいて、白く透ける肌に浮いて目立っていた。
「ちょっと寒いね。また去年みたく肉まん食べたくなるよ」
 わざとらしく肩をすくめてみせながら、言われてみればこのところ秋も深まってきて風がひんやりしているなと思った。
「肉まん食べたいって、しつこいくらいうちまで押しかけに来たよね」
「ああいうしょうもないことすんの楽しいから好きなんよ」
 困ったように美希は笑って、はいはい。と軽くあしらってから「なあなあ、寒いから飲み物買ったんよ。いる?」と聞いた。そのまま鞄を開いて、ごそごそとミルクティーとカフェオレの缶を手に取って、琴海に見せる。
「どっちでも好きなん取り?」
「ええのん? じゃ、私はミルクティーでっ」
「だろうと思ったよ」
「あはっ、相思相愛って奴?」
「何が相思相愛じゃ。君が分かりやすいだけやろ」
「そうかなぁ?」
 小首を傾げつつ、美希から手渡された缶を両手で受け取った。缶の温もりに心がほころんでいくのを感じながら、琴海はしげしげとミルクティーの缶を見つめていた。


             つづく?

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